美術用語

美術用語 · 17日 8月 2022
【プロテスト・アート】オランダ農民プロテスト「温暖化対策に反対する過激な農民の抗議運動」
「オランダ農民プロテスト」は、2022年6月から発生している農民の抗議運動。オランダでは、現在、地球温暖化対策として窒素化合物の排出を削減する政府の計画に反対する4万人規模の過激な農民が連日抗議運動をしている。 これらの抗議行動は国際的なメディアにも取り上げられ、色とりどりの大型トラクターが道路やスーパーマーケットの流通センターを封鎖し、政治家の家の家の前に糞尿を投棄する映像が拡散している。
美術用語 · 07日 7月 2022
【美術解説】ジャポニズム
ジャポニスムとは、1858年に日本の鎖国政策が解除された後、19世紀に西ヨーロッパの多くの芸術家が日本の美術やデザインの人気と影響を受けたことを表すフランス語。 ジャポニスムは1872年にフランスの美術評論家で収集家のフィリップ・ブルティによって初めて解説された。 その影響は視覚芸術が最も顕著であったと思われるが、建築、造園、園芸、衣服などにも及び、舞台芸術にも影響を与えた。ギルバート&サリバンの『ミカド』はジャポニズムの代表的な例とみなされる。
美術用語 · 05日 7月 2022
【美術解説】ジャポネズリ
「ジャポネズリ」(英語:Japanesery)とは、フィンセント・ファン・ゴッホが、自身の作品に日本美術の影響が含まれていることを表現するために用いた言葉。
美術用語 · 26日 6月 2022
ポール・ガシェ「晩年のゴッホを治療した医師」
ポール・フェルディナン・ガシェ(1828年7月30日-1909年1月9日)は、フランスの医師。 フィンセント・ファン・ゴッホがオーヴェル・シュル・オワーズで過ごした最後の数週間の治療を行ったことで知られている。 ガシェは芸術家、特に印象派の偉大なパトロンであり、またアマチュア画家で、作品には自分の生まれ故郷にちなんで「ポール・ファン・ライセル」とサインを入れている。
美術用語 · 26日 6月 2022
【画商】テオ・ファン・ゴッホ「ゴッホを死ぬまで支援した実弟」
テオドロス・ファン・ゴッホ(1857年5月1日-1891年1月25日)は、オランダの美術商。 フィンセント・ファン・ゴッホの弟で、テオの揺るぎない経済的・精神的支援により、兄は完全に絵画に専念することができた。テオは兄が37歳で亡くなった半年後、33歳で亡くなった。 テオは画商として美術界に大きな影響を与え、オランダとフランスの現代美術を一般に紹介する上で重要な役割を果たした。
美術用語 · 11日 6月 2022
【美術解説】後期印象派「印象派と前衛の架け橋となった芸術運動」
後期印象派は、1886年から1905年にかけて発展したフランスの芸術運動で、最後の印象派展からフォービズムの誕生までの期間のことを指す。後期印象派は、光と色の自然主義的表現を重視する印象派に反発する形で生まれた。 後期印象派、抽象性や象徴性を幅広く強調しており、新印象派、象徴主義、クロワゾニスム、ポン=タヴァン派、綜合主義といった芸術運動を総括した呼び方である。ポール・セザンヌ、ポール・ゴーギャン、フィンセント・ファン・ゴッホ、ジョルジュ・スーラが後期印象派の代表的な作家とされてる。 後期印象派という言葉は1906年に美術批評家ロジャー・フライが使ったことが起源とされている。批評家のフランク・ラターは、1910年10月15日発刊の『Art News』でのサロン・ドートンヌのレビューで、オーソン・フリーズを「後期印象派のリーダー」と表現した。「フランスの後期印象派」展の広告もあった。
美術用語 · 24日 4月 2022
【美術解説】エロティック・アート「性的興奮を呼び起こすことを目的とした視覚芸術」
エロティック・アートは、広義的には性的興奮を呼び起こすを意図して制作された視覚芸術である。 デッサン、彫刻、映画、絵画、写真など、さまざまな視覚的媒体の作品が含まれる。一般的には、人間の裸体や性行為が描かれるが、ファイン・アートにおける裸体とは区別される。 エロティック・アートにおける裸体描写は、ファイン・アートにおけるそれと異なり広くタブー視され、社会規範や法律によって制作、流通、所持が制限されている。
美術用語 · 01日 3月 2022
【美術解説】ソビエト・アート
ソビエト・アートは、1917年10月の社会主義革命以降、ソビエト・ロシア(1917-1922)および、ソビエト連邦(1922-1991)の間に制作された視覚芸術。 ソビエト・アートは、1920年代を通じて、異なる芸術団体間の激しいイデオロギー的競争の時代に発展した。 ソビエト・アートの発展の形態と方向性を決定する上で、各芸術集団は、自身の意見を反映させようと、文化機関の重要なポストを占め、当局の支持を得ようとしていた。この文化闘争は、急進左派美術の危機の高まりによって、いっそう辛辣なものとなった。 1930年代に入ると、1910年代に登場した前衛的な傾向の多くが消耗しはじめ、かつての前衛芸術の支持者たちは、従来の古典絵画の体系に戻ろうと、リアリズム的な絵画を描き始めた。 そのような傾向は、芸術集団「ダイヤのジャック」を代表する芸術家たちから起こり、1930年代初頭には、カジミール・マレーヴィチ(1879-1935)は具象美術に回帰した。
美術用語 · 25日 2月 2022
ロシア・アヴァンギャルドは、ロシア帝国・ソビエト連邦時代に東欧からロシアにかけて流行した前衛美術運動。 文学、演劇、美術、音楽、建築、映画、デザインなどの複数の領域を横断する表現形態で、シュルレアリスムとともに後世の芸術家たちに絶大な影響を与えた。...
美術用語 · 01日 1月 2022
【ルネサンス】コジモ・デ・メディチ「ルネサンス芸術最大のパトロン」
コジモ・ディ・ジョバンニ・デ・メディチ(1389年9月27日 - 1464年8月1日)は、イタリアの銀行家、政治家、パトロン。 イタリア・ルネサンス期のフィレンツェの有力支配者としてのメディチ家の地位を確立させた人物。 60万ゴールドフローリン以上(約5億ドル)を芸術と文化に費やしており、その中には古代以来初めて自立した裸の男性彫刻であるドナテルロの《ダヴィデ》像も含まれている。

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