アウトサイダー・アート

マッジ・ギル(1882-1961)はイギリスのアウトサイダー・アーティスト。世界で最も有名なアウトサイダー・アーティストの1人で、多くのアウトサイダー・アーティストと同様に、1961年の死後も名声を得続けている。 ギルは38歳のときに突然デッサンに目覚め、その後40年間に何千もの霊媒主義的と言われる作品を制作したが、そのほとんどが白黒のインクで描かれた。彼女は「ミルニーネレスト」(私の内なる休息)と呼ばれる霊に導かれて描いていると主張し、作品にはこの霊の名前を入れている。 評論家によれば、スピリチュアル系の芸術家によくあることだが、自分の能力や意志で絵を描いているのではなく、霊界からの意思を伝えるための物理的な媒介物と自身を考えていたと思われる。

ジョゼフ・クレパン(1875年~1948年)は、フランスのトタン屋根職人。民間医療施術者。アール・ブリュットの画家。 クレパンは一種の民間療法の医者で、段ボール紙をハート型に切り抜いて、これを病人の患部にのせることで治療をしていたという。 しかし、当然ながら医療法にひっかかることになり、その筋の追求を受ける。ただ彼は治療の代金を受け取ることなく、妙な薬を調合するわけでもなかったので、当局からは大目に見られた。

ノバート・コックス(1945年8月6日生まれ)は、アメリカのヴィジョナリー・アーティスト。世界の破滅と再生を予言する黙示録画家。 1945年8月6日、ウィスコンシン州グリーンベイで生まれる。誕生日にヒロシマに原爆が落ちた。17歳で陸軍に入隊すると、独学で絵の勉強とアルコールに没頭し始める。除隊後は、「アウトローズ」暴走族ギャングの一員として活躍。おもに、改造車製作で生活費を稼いでいた。改造車制作を機会に絵を描き始める。 30歳のときに麻薬過剰摂取で1度生死をさまよう。暴走族を脱退することに悩んだあげく、キリスト教原理主義派に入信して、聖書研究に没頭し始める。しかし「キリスト教の正体は異教の邪神信仰なり」と解釈すると、教会を捨ててひとり1975年から85年の間、森の中に入り、自分専用のキリスト教会「福音の道」を建設。 40歳でニーチェのツァラトゥストラのごとく森から出ると、大学に入学して本格的に絵を勉強し始める。グリーンベイに戻ってからも、彼は終末的でスピリチュアルな絵画を描き続け、2018年に死去。

スティーブン・ジョンソン・レイバ(1966年9月3日生まれ)、アメリカの画家、著述家、アートブックデザイナー、パフォーマンス・アーティスト、音楽家。 カウボーイ、インディアン、現代美術界とあらゆる方面から排斥されることが名誉のインディアンと白人の混血アーティスト。アパッチ族、ナヴォホ族、チェロキー族、パイユート族、メノミニー族、さらにユダヤ系のルーツも持つ。 美術評論家からカルロ・マコーミックは「セックス表現主義の父(father of Sexpressionism)」と呼ばれている。 レイバは、先祖代々のネイティブアメリカンのモチーフである鉤十字やアパッチ・ガーン・ダンサー、ジェロニモなどのネイティブアメリカンの戦士のイメージ、人体の風景などからインスピレーションを受けている。

ウィリアム・トーマス・トンプソン(1935年生まれ)はアメリカのアウトサイダーアーティスト。 脳内に浮かび上がるイメージの大群をひたすらキャンバスに叩きつけていくことしか頭にないオートマティスム系画家。 制作点数はすでに1000点を超えるともいわれており、いくつかのバージョンが制作された代表作『黙示録』は、全体を展示すると横幅が90メートル以上にもなる超大作。

ヘンリー・ジョセフ・ダーガー.ジュニア(1892年4月12日-1973年4月13日)はアメリカの隠遁作家、芸術家、イリノイ州シカゴの病院清掃員。 ダーガーは、死後、ワンルームのアパートで1万5145ページ(世界一だが出版されていないのでギネスに登録されず)のファンタジー小説の原稿『非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコ・アンジェリニアン戦争の嵐の物語』と、その小説のドローイングと水彩による挿絵が発見されて有名になり、アウトサイダー・アートの有名な代表例の1つとなった。

「アウトサイダー・アート・フェア」はアウトサイダー・アートに特化した国際的なアートフェア。2013年より画商のアンドルー・エドリンが設立したワイド・オープン・アーツ合同会社(WOA)が企画・運営している。...

ジョン・ウェイン・ゲイシーは1942年3月17日生まれ。アメリカの連続殺人犯。少年を含む33名を強姦・殺害したことで知られる。強姦後に自身のホモセクシュアリティを隠すために殺害したとされている。...

ミンガリング・マイクは、1969年から1976年まで“マイク・スティーブンス”という名前でアルバムを制作していた架空のファンク・ソウル系録音ミュージシャン。制作したアルバムはダンボール紙になっており、ジャケットもさることながらレコードもダンボール紙。彼の作品は法律事務所の調査員ドリ・ハーダーや彼の友人のフランク・ベイルートにフリーマーケットで発見された。 1967年、作者17才のときにファーストアルバムとなるLP『Sitting by the Window』を製作して以来、自作のレコードアルバムは、LPが50枚にシングル盤も同数かそれ以上の枚数あって、ほかに8トラテープなどもある。当初はジャケットのみ制作していたようだが、中にレコードがないと壁に立てかけるときに安定感がなかったため、レコードそのものまでを段ボール紙で作るようになったという。 ミンガリング・マイクは、当初、自分の本名や写真をアルバム使わなかったのは、本名や自分の写真をアルバムに使うと、その知名度の高さゆえに仕事ができなくなってしまう恐れがあるからだという。 2007年にドリ・ハーダーは、『架空のソウル・スーパースターの驚異的作品』という書籍名でマイクの作品集を出版。またマイクのオリジナルアルバムジャケットは、2005年にキュレーターのデビッド・J・ブラウンにより南東現代美術館で展示され、2007年にはヘミフィル・ファインアーツでも展示された。 2013年にはスミソニアン博物館はマイクの作品150点以上を購入。

モートン・バートレット(1909-1992年、ボストン生まれ)はアメリカのフリーランス写真家、グラフィック・デザイナー。1936年から1963年までに緻密で非常にリアルな石膏少女人形シリーズの制作、その撮影に余暇を費やしていた。...

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