キュクロプス / The Cyclops
潜在意識を表現する象徴主義運動の代表的作品
概要
作者 | オディロン・ルドン |
制作年 | 1914年頃 |
媒体 | パネルに貼り付けられた厚紙に油絵 |
サイズ | 65,8 × 52,7 cm |
所蔵 | クレラー・ミュラー美術館 |
オディロン・ルドンが1898年から1914年頃にかけて制作した油彩作品『キュクロプス』は、象徴主義運動を代表する一作として広く知られています。
オディロン・ルドンの作品は、妖精や怪物、精霊といった幻想的な存在が息づく夢の世界を描き出します。その独特の視覚表現は、潜在意識や不可解なものへの深い関心を反映し、象徴主義という19世紀後半の芸術運動の中核を担う存在となりました。
この象徴主義は19世紀後半に潜在意識や神秘性を追求し、のちにシュルレアリスム運動に多大な影響を与えました。
主題
この作品の題材はギリシャ神話から取られており、1つ目巨人ポリュフェモスと水の精霊の娘ガラテアの物語を描いています。
ガラテアは、シケリア島で川のニュンペーの息子アーキスと恋に落ちます。しかし、その美しさに魅了され、かねてより彼女に想いを寄せていたキュクロープスのポリュフェモスは、二人の愛に嫉妬の炎を燃やします。そして、ついに嫉妬に狂ったポリュペーモスは巨石を投げつけ、アーキスの命を奪ってしまうという話です。
ポリュフェモスは、古くから残酷で獰猛な存在として語られていますが、ルドンの筆によってそのイメージは一変します。彼が描くポリュフェモスは、危険性のない臆病で優しいモンスターとして表現されているのです。
絵画では、全裸で草木の上に寝そべるガラテアを、ポリュフェモスが岩山の陰から穏やかに見つめています。アーキスの姿は見当たりません。その目は、処女を静かに守るような温かみを帯び、羞恥心からか、彼女に直接向かい合うことさえできない内気な様子を示しています。
作品全体の色彩は、周囲の鮮やかな環境と対照的に、ポリュフェモスとガラテア自身は淡い色調で描かれ、2人の間に一定の距離が保たれています。この対比は、ルドンが意図的に生み出した詩的な静けさと神秘性を強調しています。
目
特に注目すべきは、ルドンの絵画において頻出する「目」の象徴性です。『キュクロプス』でも、ポリュフェモスの目が人間の魂や神秘、内面世界を象徴する存在として描かれています。
この「目」は単なる身体の一部ではなく、独立した神秘的な存在感を持ち、観る者に深い印象を与えます。
ルドンの《キュクロプス》は、象徴主義の本質を見事に具現化し、見る者に潜在意識の探求を促す詩的で深遠な作品です。
日常を超えた世界へ目を向けた
同時代のクロード・モネやルノワールが、絵画から文学的・物語的要素を排除し、純粋な日常の感覚美を追求していたのに対し、ルドンはこれに満足せず、日常を超えた世界に目を向けました。
彼は夢や無意識が織り成す万華鏡のような妖しさをもつ人工楽園を描き上げ、独自の物語を創造していったのです。
長らく無名でしたが、1884年、ジョリス=カルル・ユイスマンスの小説『さかしま』にルドンの絵が採用されたことを契機に、彼の作品は注目を集め始めました。ジョリス=カルル・ユイスマンスの小説『さかしま』は、退廃的な貴族の姿を描いた作品で、その中で取り上げられたルドンの絵が注目を集めるきっかけとなりました。
この小説の主人公は貴族の末裔で、学校卒業後には文学者との交友や女性との放蕩に明け暮れ、やがて遺産を使い果たします。しかし、その奔放な生活にも飽き、性欲も失った彼は隠遁生活を決意します。
彼は先祖代々の城館を売却し、郊外の一軒家で使用人とともに趣味的な生活に没頭します。この作品に描かれる退廃的で孤独な美学は、ルドンの幻想的で夢幻的な作風と共鳴し、象徴主義の文学と絵画が交錯する象徴的な例となっています。
その後、詩人モレアスが発表した「象徴主義宣言」により、デカダン派を継承する形で象徴主義が文学の世界で広がります。この流れの中で、ルドンはギュスターヴ・モローと並び、象徴主義を代表する画家として認識されるようになりました。
ルドンの死後、その作品に宿る幻視的な要素や幻想性が再評価され、彼自身が「無意識的方法」と語った制作手法も注目されました。この点から、シュルレアリスムの指導者アンドレ・ブルトンは、ルドンをシュルレアリスムの先駆者として位置づけ、高く評価しました。