漫画 · 15日 1月 2021
根本敬(1958年6月28日生まれ)は日本の漫画家、著述家、映像作家、コレクター。「特殊漫画家」や「特殊漫画大統領」などのニックネームで知られる。 1981年に日本で最もアンダーグラウンドなコミック誌だった月刊漫画「ガロ」で漫画家としてデビュー。以後、休刊するまで「ガロ」を中心に多くのマンガ作品を発表。「ガロ」休刊、および雑誌ブームが終焉した2000年代以降は、青林工藝舎のマンガ雑誌「アックス」や、アップリンクの「映像夜間中学」をはじめ、おもにインディーズ媒体で作家活動を続けている。 根本の作品の多くは、信じられないほどの不幸が重なり続けるキャラクター村田藤吉とその家族の物語がシュルレアリスティックに進行する。作品の多くは一般的な良識から嫌悪対象となるものの、一方で熱狂的なファンも多く持ち、日本のみならず世界中のアンダーグラウンド・シーンに影響を与えている。

芸術運動 · 11日 1月 2020
ストリート・アートは公共的な場所で制作された視覚芸術で、伝統的な美術館やギャラリーなどの会場の外で展示された非認可の公共芸術作品のこと。「グラフィティ(落書き、いたずら書き)」と同じ扱いとみなされている。 しかし、これらの芸術様式は芸術業界において、「独立公共芸術」や「ネオ・グラフィティ」、「ポスト・グラフィティ」と呼ばれ、アーバンアートやゲリラ芸術と密接に関連しているとみなされるようになっている。 ストリート・アートで使用される一般的な芸術様式やメディウムは、スプレーペイント、落書き、ステンシル、違法ビラ、ステッカーアート、ストリート・インスタレーション、彫刻である。 21世紀に入り、これらの表現形式のほかにライブ・パフォーマンスとそれをスマホやウェブサービスで配信する動画を利用したストリート・アートや、ヤーン・ボーミングと呼ばれる毛糸で覆われた彫刻も増えている。

現代美術家 · 03日 1月 2020
ヨーコ・オノ・レノン(1933年2月18日生まれ)は日系アメリカ人の前衛芸術家、歌手、ソングライター、平和活動家。英語と日本語の両方で行うパフォーマンス・アートや映画製作など非常に多様な方法で表現活動をしている。日本名は小野洋子、オノ・ヨーコ。 オノは1969年から1980年に殺害されるまでイギリスのシンガソングライターでビートルズのメンバーだったジョン・レノンと結婚していた。 東京で育ち、ニューヨークで数年間過ごした。彼女は学習院大学に入学したが、2年で退学し、1953年に父の転勤にともないニューヨークへ移る。サラ・ローレンス大学でしばらく過ごした後、前衛集団フルクサスに参加し、ニューヨークのダウンタウンの前衛アートシーンで活躍した。 1966年のロンドンでの個展『未完成の絵画とオブジェ』でオノは初めてレノンと出会い、1968年にカップルとなり、翌年結婚。1969年にアムステルダムとモントリオールでで2人は、マスコミに大々的に取り上げられ新婚旅行を利用してベトナム戦争に反対する抗議デモ平和活動パフォーマンス「ベッド・イン」を実行した。

現代美術家 · 18日 12月 2019
束芋(1975年生まれ)は日本の映像インスターレション作家。現代美術家。 キッチン、サラリーマン現代日本の日常風景における象徴的なイメージをモチーフにした浮世絵のような手描き線画のアニメーション作品で知られる。 なお、アニメーションを使ったインスタレーションで映像作家やアニメーション作家とは異なる。映像を表現手段の中心にして、映像周囲の空間にさまざまな演出をしかけるインスタレーション空間が束芋の基本的な表現方法である。 たとえば、2009年の作品《団地層》は横浜美術館の個展にあわせて制作された作品で、横浜美術館のエントランスに映写できるように制作されており、その内容は個展で紹介されるほかの作品のいろんな要素を凝縮したものでもある。 こうした表現のため、映像作家やアニメーション作家ではなく、束芋は一般的に「現代美術家」として表記される。 束芋の代表作は第52回ヴェネツィア・ビエンナーレ(2007年)で発表した《dolefullhouse》である。自身の内面、あるいは現代の日本社会に潜在する複雑な諸相を表象化した映像作品で国際的に注目を集めた。

画家 · 18日 12月 2019
フリーダ・カーロ(1907年6月6日-1954年6月13日)はメキシコの画家。セルフポートレイト作家として一般的に知られている。 カーロの人生は、メキシコシティの彼女の生家「青い家」で始まり、同じく「青い家」で終わった。彼女の作品はメキシコや先住民族の伝統の象徴として祝されており、また女性的な感覚や形態を率直に、冷徹な視点でもって表現したフェミニン・アーティストの代表として、フェミニストたちから評価されている。 メキシコ文化とアメリカ文化の伝統が彼女の作品における重要な要素で、美術史において素朴派や土着固有のフォークアートとして位置づけられることもある。 シュルレアリスムとしても評価が高く、実際に1938年にシュルレアリスムのリーダーことアンドレ・ブルトンから「フリーダの芸術は爆弾に結ばれたリボンである」と絶賛された。なお、フリーダ自身は、シュルレアリストとラベルをはられることを拒否しており、自身の作品は夢よりも自身の現実を反映したリアリズム志向であると主張していた。 カーロは幼少のころのバスと路面電車の交通事故の後遺症で苦しんだ。交通事故の傷を癒やすた

芸術運動 · 02日 12月 2019
シュルレアリスムは、1924年のアンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」から始まる芸術運動である。 活動当初は、おもに美術と文学でもちいられた前衛的な表現スタイルだったが、その後、芸術全体にわたって幅広くもちいられるようになった。シュルレアリスムは絵画だけでなく、映画、文学、彫刻、音楽、ダンス、演劇、ファッションなど芸術表現の大半に適用できる表現方法として知られている。さらに、マンガ、アニメーション、ゲーム、インターネット動画など現代の芸術表現でもシュルレアリスムは利用されている。 アンドレ・ブルトンが、当初シュルレアリスム運動が理想としていたのは「夢と現実の矛盾した状態の肯定」だった。シュルレアリスト(シュルレアリスム表現をもちいる芸術家のこと)たちは、アカデミックな美術教育を習得した高度な描画技術で、不条理で非論理的な風景を描いたり、日常的な風景と奇妙な非現実的な生き物を並列して描いたり、自分自身の無意識を表現した。

作品解説 · 25日 11月 2019
《Tokyo 2003》は、2003年に東京都港区の東京臨海新交通臨海線「ゆりかもめ」の日の出駅付近にある東京都所有の防潮扉に描かれたバンクシーによるものと思われるストリート・アート。傘をさし、カバンを持ったネズミのステンシル作品。 バンクシーは2000年から2003年にかけてバルセロナ、東京、パリ、ロサンゼルス、イスラエルを訪問しており、そのときに初期ステンシル作品シリーズ「Love is in the air」を各地に書き残している。本作品は「Love is in the air」のシリーズの1つ《Tokyo 2003》とみなされている。

ストリート・アート · 18日 11月 2019
バンクシーはイギリスを基盤に活動している匿名の芸術家。現在は世界を舞台に神出鬼没を繰り返しながら活動することが多い。アート・ワールドにおいてバンクシーは、おもにストリート・アート、パブリック・アート、政治活動家として評価されている。ほかに映画制作もしている。 バンクシーの風刺的なストリート・アートや攻撃的なメッセージは、独特のステンシル技法で描かれるグラフィティ絵画とダークユーモアが一体となって表現される。政治的であり社会的な批評性のあるバンクシーの作品は、世界中のストリート、壁、橋に描かれている。 バンクシーの作品は芸術家と音楽家のコラボレーションが活発なブリストルのアンダーグラウンド・シーンで育まれた。そのスタイルは、1981年にパリでステンシル作品を始めた3Dとよく似ていることが指摘されている。バンクシーによれば、のちに音楽グループ「マッシヴ・アタック」のメンバーとなった3Dから影響を受けているという。 バンクシーは、自身の作品を街の壁や自作の小道具的なオブジェなど誰でも見える公共空間に展示する。ストリート・アートの複製物や写真作品を販売することはないが、

ファッション · 14日 11月 2019
エルサ・シャパレリ(1890-1973年)はイタリアのファッションデザイナー。 彼女の最大のライバルだったココ・シャネルとともに2つの世界大戦間期におけるファッションシーンで最も重要な役割を担った人物の1人と評価されている。 ニットウェアからはじまったシャパレリのデザインは、コラボレーターのサルバドール・ダリやジャン・コクトーなどのシュルレアリスム表現に影響を受けている。 彼女の著名クライアントとしては、相続人のデイジー・フェローズや女優のメイ・ウエストなどがいた。 第二次世界大戦以後はファッションシーンの変化にうまく適応できず、1954年にクチュールハウスは閉鎖した。

ファッション · 12日 11月 2019
ガブリエル・ボナール・シャネル(1883年8月19日-1971年1月10日)はフランスのファッションデザイナー、ナチスのスパイ、実業家。シャネルブランドの創立者。通称ココ・シャネル。 第一次世界大戦後、ポール・ポワレとともにシャネルはそれまで胸からウエスト、腰までを締め付けていたコルセットから女性を解放し、スポーティでカジュアルな女性の標準的な服装を一般大衆に広めたことで知られる。 多彩なファッションデザイナーであり、シャネルの影響はパリ・オートークチュール界(夜会用ドレス)まで拡大。彼女のデザイン美学はジュエリー、ハンドバッグ、香水など幅広いジャンルで認知されるようになった。 彼女が初めて送り出した香水「シャネルNo.5」はシャネルの象徴的な製品になった。シャネルは雑誌『Time』の「20世紀に最も影響を与えた100人」で唯一ランクインしたファッションデザイナーである。シャネルは自身で「C」の文字を組み合わせた有名な商標ロゴをデザインしているが、これは1920年代から使用されている。

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