子猫 / Kitten
廃墟化したガザと陽気なネットの子猫たち
概要
作者 | バンクシー |
制作年 | 2015年 |
場所 | パレスチナ・ガザ北部ベイトハヌーン |
技法 | ステンシル |
『子猫』(Kitten)は、2015年初頭、バンクシーがパレスチナ・ガザ地区で制作したグラフィティ作品です。描かれたのは、2014年夏、7週間にわたるイスラエルの軍事攻撃によって瓦礫と化した住宅の壁面です。
同年、バンクシーは北部ベイトハヌーンを訪れ、廃墟と化した街並みを記録しながら、いくつかの作品を残しました。『子猫』もそのひとつです。
瓦礫の山と灰色の空が広がる現実の中、突然現れる陽気な子猫。その存在は場違いなまでに愛らしく、しかしその場違いさこそが、まるでシュルレアリスムの一場面のような非現実感を生み出しています。
バンクシーはこの作品について、自身のウェブサイトでこう語っています。
地元の人が「これはどういう意味だ?」と尋ねてきた。私はこう答えた――インターネットの人々は、破壊されたガザの廃墟には目もくれず、子猫の写真ばかりを見ている。だから私は、自分のサイトでガザの現状と対照的な、陽気な子猫の絵を公開した。その落差によって、この地の悲惨さを伝えたかったのだ。
愛らしい動物と、戦争がもたらした無残な現実。二つのイメージの衝突は、視覚的な違和感として強烈に刻まれ、鑑賞者の意識を否応なく現実へと引き戻します。
重要ポイント
- SNSで子猫画像が注目されやすい → ガザの現状を広めるための戦略
- 無垢さと弱さの象徴としての子猫
- 「世界の無関心」への批判
背景
バンクシーがガザの現状をレポート
2015年2月27日、バンクシーは自身のウェブサイトに、約2分間の短いビデオを公開しました。これは彼がガザを訪れた際に撮影したもので、すぐに国際的な注目を集めました。
映像は、2014年夏の7週間にわたるイスラエルの軍事攻撃で大きな被害を受けたガザの小さな地区を映し出し、パレスチナの人々が直面している厳しい現実と苦しみに光を当てています。
ビデオには、バンクシーが破壊された建物に描いたグラフィティ作品や、壁に赤い文字で書かれたメッセージが映し出されています。
そのメッセージのひとつには、こう記されています。
「強者と弱者の間での紛争から身を引くことは、結果的に強者の側に立つことになる。中立ではないのだ。」

バンクシーがガザで制作した作品の中で、最も印象的なのは、瓦礫と化した家の壁に描かれた子猫の絵です。子猫以外にも、現地では3点ほどのグラフィティ作品が残されています。
これらの作品は、北部のベイトハヌーンという町で制作されました。ここは、避難所や支援で提供された金属製キャラバンに暮らす家族が数多く滞在する、荒廃した地域です。2014年夏のイスラエルによる軍事攻撃で、およそ10万戸の家が破壊され、甚大な被害を受けた場所でもあります。


バンクシーがガザで作品を描いていた同じ時期、「アクティビスティル」のカメラマンや、「ミドル・イースト・アイ」のジャーナリスト、アン・パックとバーゼル・ヤズーリは、パレスチナ避難民の暮らしを記録していました。
彼らは、バンクシーがビデオを公開する一週間ほど前に、この子猫のグラフィティに気づき、撮影しています。その写真には、子猫の絵が描かれた壁のすぐ背後――わずか数メートルの場所で暮らすパレスチナ人家族の生活が映し出されています。
彼らは、前年の夏のイスラエルによる攻撃で家を失い、多くの人々と同じように、極度の貧困と劣悪な環境の中で生活を続けていました。
社会的影響
国際支援団体を動かす
バンクシーのビデオが公開された同じ日、30もの国際支援団体が声明を発表し、パレスチナ被災者の生活再建と紛争解決への進展を求めました。
瓦礫の中に描かれた陽気な子猫の絵は、一見すると周囲から浮いた存在でした。しかしその場違いさが逆に国際メディアの注目を集め、結果的に国際援助組織を動かすきっかけとなったのです。