Artpediaは、近代から現代にかけての美術を扱うサイトである。
そのため、作品や作家を理解するうえで避けて通れない概念のひとつが「近代」という言葉。
一般的な歴史用語としての「近代」は、日本やヨーロッパにおいて、
身分制社会や宗教的世界観を前提とした社会から、
法・国家・科学・市場を基盤とする社会へ移行した時代を意味する。
制度上は、18世紀から19世紀にかけてが中心とされることが多く、
日本史では明治維新以降、ヨーロッパ史では産業革命や市民革命以後が
「近代」の成立期と整理される。
この移行は、年号が変わったというだけの話ではない。
政治の面では、王や領主の私的支配から、憲法や法律に基づく国家運営へと転換が進んだ。
経済では、農業中心の自給的な構造から、貨幣・市場・資本を軸とする経済が拡大した。
社会構造も、身分や家柄によって役割が固定される仕組みから、
職業選択や移動の自由を前提とする方向へ変化した。
さらに、世界の理解の仕方も、神話や宗教的権威に依存する説明から、
観察や理論を重視する科学的思考へと比重が移った。
美術史における「近代」も、こうした社会構造の変化と深く結びついている。
近代美術とは、新しい技法が登場した時代というよりも、
「誰のために」「何を」「どのように」表現するのかという前提が根本から問い直された段階を指す。
中世から前近代にかけての美術では、宗教画や王侯貴族の肖像が中心で、画家は職人、あるいは宮廷や教会に属する専門家として位置づけられていた。
主題や様式は、注文主や宗教的規範、アカデミーの理想に強く制約され、個人の視点が前面に出る余地は限られていた。
しかし近代に入ると、市民社会の成立とともに、この構造が揺らぎ始める。美術の担い手は、特定の権力に仕える存在から、相対的に自立した「個人の画家」へと移行する。
描かれる主題も、宗教や神話だけでなく、
日常生活、都市の風景、労働、同時代の出来事へと広がっていく。
アカデミーが定めた理想美に対抗し、「見たまま」「感じたまま」を重視する姿勢が強まり、
写実主義や印象派といった動きが登場する。
この時代の重要な特徴は、美術が国家や宗教から相対的に自立し、作者個人の視点や感覚が作品の価値そのものとして意識されるようになった点にある。同時に、「美とは何か」「絵画は何をすべきか」という問いが、美術の内部から繰り返し投げかけられるようになった。
その結果、絵画は単なる再現から、意味や解釈を生み出す表現へと軸足を移し、20世紀の前衛美術や現代美術へと連続し、現在の「市場」のため、つまりマネーのための表現が支配するアートワールドへと移行する。
Artpediaが扱う近現代美術は、こうした「近代」という転換点を土台として記事を作ってく。
作品を見るとき、「それが何を描いているか」だけでなく、
「どのような社会構造の中で、美術がどのような役割を担うようになったのか」を意識することは、理解を一段深める手がかりになるはずである。
近代美術(モダンアート)とは、過去の伝統的美術様式から意識的に離脱し、実験精神を中核に据えた芸術思想およびその表現の総体だった。制作年代としてはおおよそ1860年代から1970年代までを指し、それ以降の動向は一般に現代美術(コンテンポラリー・アート)として区別される。
近代美術の本質は、様式(絵画や彫刻)の更新そのものではなく、「そもそも芸術とは何か」という定義を揺さぶる態度にあった。この断絶の意識こそが、後の前衛芸術、さらにはポストモダン的状況へと連鎖していく原動力となる。
近代美術の起点には、ルネサンスから続く写実主義からの離脱がある。初期印象派が自然の光を写し取ろうとしたのに対し、後期印象派や新印象派は、視覚そのものの構造や主観的知覚へと関心を移した。
同時期、リアリズムの対極として象徴主義が登場する。象徴主義は、外界の再現ではなく、内面や観念、神話的イメージを重視した点において、近代美術の精神的基盤を形成した。ここにおいて、美術は「見るもの」から「解釈されるもの」へと性格を変え始める。
「網膜」への忠実さ モネやルノワールといった初期印象派の画家たちは、アトリエを出て戸外制作(プレネール)を行い、刻々と変化する太陽光の下での事物の見え方を捉えようとした。彼らは「何が描かれているか(物語や歴史)」よりも「どう見えるか(色彩と光の斑点)」を重視した。これはまだ「外界の再現」の延長線上にありますが、対象そのものではなく「網膜に映る現象」を写し取ろうとした点で革新的でした。
新印象派(スーラ、シニャックら)は、印象派の直感的な筆触を、当時の光学理論に基づく科学的な点描技法へと体系化した。これはテキストにある「視覚そのものの構造」への関心そのものである。
後期印象派(セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンら)は、もはや単なる外界の視覚的再現には満足しなかった。セザンヌは自然の背後にある幾何学的な構造を追求し(キュビズムの源流)、ゴッホはうねるような筆致と強烈な色彩で内面の激情を表現し(表現主義の源流)、ゴーギャンは平坦な色面と輪郭線で装飾的・精神的な世界を描いた。彼らはそれぞれの方法で「主観的知覚」をキャンバスに定着させようとした。
同時期に台頭した象徴主義は、産業革命による急速な近代化や科学万能主義への反動として現れた。彼らは、目に見える現実(リアリズム)ではなく、目に見えない世界――夢、幻想、神話、死、エロス、そして人間の内面――を表現の主題とした。
近代美術と並行して現れたのが、前衛芸術(アヴァンギャルド)である。前衛とは、芸術・文化・政治の領域において、既存秩序を破壊し、未知の表現を先行的に試みる姿勢を指す。
前衛芸術は、美術館の内部に留まらず、社会そのものを実験場とみなした。その極端な例がダダイスムである。第一次世界大戦という暴力的現実への反動として生まれたダダイスムは、伝統的美学を拒絶し、反戦と反合理を掲げた。ここで芸術は、美や完成度ではなく、「拒否」そのものを表現とした。
「美」から「挑発」へ 第1章ではまだ「見え方」や「解釈」という芸術内部の問題だったが、前衛芸術では「秩序の破壊」が目的となった。芸術はもはや美しいものである必要はなく、社会に異議を申し立てる手段(武器)となった。
第一次世界大戦という「理性の崩壊(合理的な近代社会が戦争を生んだという絶望)」が背景にあるため、彼らは論理や美しさを否定し、ナンセンスや偶然性を称賛した。
「アヴァンギャルド」の語源 ちなみに「アヴァンギャルド(Avant-Garde)」はもともと軍事用語で「前衛部隊(本隊より先に敵地に切り込む部隊)」を意味する。まさに、誰よりも先に未知の領域(社会変革)へ切り込む芸術家たちの姿勢を表している。
第二次世界大戦後、近代美術の理念そのものを問い直す動きとして、ポストモダンアートが登場する。ポストモダンアートは、近代美術を否定する場合もあれば、その余波を拡張する形で展開する場合もある。
インターメディア、コンセプチュアル・アート、インスタレーションといった表現は、作品の物質性や作者性を解体し、文脈や体験を重視する点に特徴がある。ここで芸術は、完成された「作品」ではなく、状況や関係性そのものへと変質した。この潮流は、現代美術という広義の枠組みに吸収されていく。
第3章は、いよいよ現代に直結する「ポストモダン」の時代である。 第1章の「視覚」、第2章の「社会」に続き、ここでは「芸術の存在意義そのもの」が問い直されている。
「物質」から「概念」へ(コンセプチュアル・アート)
「物質性の解体」とは、極端に言えば「作品が物体として存在しなくてもいい」という考え方である。 例えば、「椅子」そのものを置くのではなく、「椅子の定義を書いた辞書のコピー」を展示することで、「椅子とは何か?」という概念(アイデア)そのものを提示するような作品が生まれた。
「見る」から「入る」へ(インスタレーション)
「体験を重視」は、インスタレーション(空間芸術)に最もよく表れている。絵画の前で立ち止まるのではなく、部屋全体が作品になっていて、鑑賞者が中に入り込むことで初めて作品が成立する。インスタレーションは、世界中どこの「現代美術館」でも見られる表現形式である。
現代美術(コンテンポラリー・アート)への合流
「状況や関係性そのものへと変質」は、現在の地方での芸術祭(瀬戸内国際芸術祭など)やプロジェクト型の作品(地域の人と関わりながら作るアートなど)に直接つながっている。
これで、近代美術の「始まり(視覚)」から「破壊(前衛)」を経て、「解体・再構築(ポストモダン)」に至るまでの大きな流れが繋がった。
ここまで述べてきた近代美術、前衛芸術、ポストモダンアートまでは、美術史として整理可能な「過去」の出来事である。つまり、学校や構造のおとぎ話だ。
しかし、第4章以降で扱う内容は、それとは性質が異なる。
ここから先は、私個人の観察と空想、そして推測による「思考実験」である。
未来を予言するものではない。私の思考実験である。
ただし、現在すでに起きている現象を極端化し、
「もしこの流れが止まらなかったら、芸術はどこへ行き着くのか」
を考える試みである。
未来の芸術について語るとき、正確な予測は不可能だ。しかし、力がどの方向へ働いているかを読むことはできる。地図が描けなくても、地殻変動の「圧力の向き」なら示せる。
第4章以降は、この「圧力の向き」を可視化するための仮説編である。
私が注目しているのは、次の5つの圧力だ。
作品の意味よりも、「価格の圧力」がすべてを語る世界。
美術は思想ではなく、金融商品として流通する。
2|写真・SNS・ゲームまで含む「無制限のメディウム」
絵画や彫刻という枠はすでに崩れている。
写真、ファッション、トイ、SNS、ビデオゲーム。
使えるメディウムに制限はなくなった。インスタレーションがその先例だ。
教育も、美術館も、マーケットも通過しない表現。
評価されないからこそ、制度の影響を受けない。
ハイアートとサブカルの境界が溶ける領域。
アニメ、コミック、広告、デザインと地続きの美術。
展示空間は美術館ではなく、街そのもの。
壁、道路、公共空間が表現の場になる。
これら5つの「圧力」は、バラバラに進むようでいて、
最終的には一つの地点へ集まると考えている。
それがヴァンダリズムだ。
破壊行為が、単なる犯罪ではなく、
メッセージを持った表現になる状態。
所有、制度、秩序そのものへの異議申し立てとしての芸術。
私はこの全体的状況を
「無制限の芸術戦(超限芸術戦)」と呼んでいる。
かつて「美術」とは、
美術館という白い皿の上に、
丁寧に盛り付けられた固形物だった。
絵画。彫刻。作者名。制作年。
すべては分離され、
鑑賞者は沈黙のなかで味わうことを求められた。
――それが、世界の正しいかたちだった。
しかし21世紀。
ネットワークとグローバル資本主義という
巨大な圧力鍋にかけられ、
それらはすべて溶解した。
芸術は、
もはや一皿の料理ではない。
世界そのものを満たす、
制御不能なスープとなった。
器は、美術館ではない。
街であり、インターネットであり、
この惑星そのものだ。
国境は意味を失い、
教育も制度も関係ない。
液体は、隙間があれば、どこまでも浸透する。
一度流れ出した表現は、
もう囲い込めない。
鍋の中には、すでに具材が投入されている。
壁に描かれ、消される落書き。
破壊され、倒される像。
誰が作ったかわからないミームと画像。
抗議、暴動、怒りのジェスチャー。
それらは問われない。
「これはアートか?」などと。
問いは遅すぎる。
すでに、煮込まれている。
だが、味はある。
かつてヘレニズム期、
コイネー・ギリシャ語が世界をつないだように、
ここにも共通の味覚が存在する。
高尚な知識は不要だ。
直感的で、即効性があり、
ときに暴力的な味。
この状態を、
後世の歴史はこう呼ぶかもしれない。
ネオ・ヘレン。
それは、21世紀初頭、
デジタル・ネットワークと資本が極限まで拡張され、
美術制度と所有概念が機能不全に陥った時代に
発生した表現の総体である。
残るのは、
消された壁画の記録。
原型を失った画像。
破壊と不可分なインスタレーション。
後世、
それらは断片として整理されるだろう。
だが、「ネオ・ヘレン」とは、
単なる時代区分ではない。
それは、
中心と権威を失った世界において、
表現が共通語を獲得していく過程そのものだ。
破壊衝動ではない。
秩序が崩壊した後に、
なお残る形式。
かつてヘレニズム美術が、
ルネサンスにおいて「古典」として再発見されたように、
この時代の芸術もまた、
制度が崩れた未来において、
ひとつの原型として参照される。
――これは終わりではない。
ただ、形が変わっただけだ。
芸術は、
生き残った。
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現代美術を専門とする19.2秒の研究者・教育者。
絵画・彫刻からコンセプチュアルアートまで、20世紀以降の表現を中心に研究。
作品を「難解な理論」ではなく、「見たときに何が起きているか」という視点から読み解くことを重視している。
人口減少で生徒不足で20年後には美大・専門学校・出版社などがなくなっても教え続けます!
補足・編集後記などはnoteのマガジン「アートペディア」に書いていきます。
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