カテゴリ:マルク・シャガール



芸術運動 · 12日 2月 2020
「エコール・ド・パリ」は、第一次「エコール・ド・パリ」は、20世紀前半にパリで活動していた芸術界隈の総称だが、当時パリに滞在して活動していた非フランス人芸術家たちの総称として使われるケースが一般的である。1900年から1940年まではパリがアート・ワールドの中心地で、世界中から芸術家が集まっていたため「パリの学校(エコール・ド・パリ)」と呼ばれた。英語では「スクール・オブ・パリ」と呼ばれる。 エコール・ド・パリは、芸術運動を指す言葉ではなく、学校のような芸術機関でもない。日本語に訳せば“パリ派”が近いが、実際は“派”というほどのまとまりも、明確な主義主張もあるわけでもなく、シュルレアリスムや未来派のような「宣言」を出してもいない。 エコール・ド・パリとは、モンマルトルやモンパルナスに集まってきた芸術関係者たちの緩やかなネットワークで、カフェ、サロン、アトリエ、ギャラリーの集積地だった。

画家 · 22日 11月 2017
マルク・ザロヴィッチ・シャガール(1887年7月6日-1985年3月28日)はロシア出身のユダヤ系フランス人画家。初期モダニストの代表的な画家であり、また「エコール・ド・パリ」の中心人物。 キュビスム、フォーヴィスム、表現主義、シュルレアリスム、象徴主義など、さまざまな前衛芸術スタイルを融合し、また絵画、本、イラストレーション、ステンドグラス、舞台デザイン、陶芸、タペストリー、版画などさまざまな形式で表現活動を行った。 シャガールは、一般的に“モダニズムの開拓者”と“主要なユダヤ人画家”の2つの美術評価がなされている。美術批評家のロバート・ヒューズは、シャガールを“20世紀を代表するユダヤ人画家”と批評。美術史家のミシェル・J・ルイズは、シャガールを“ヨーロッパ初期モダニストの最後の生存者”と評した。

モデル · 05日 2月 2017
ベラ・ローゼンフェルド・シャガール(1895年12月15日-1944年9月2日)はユダヤ系ベラルーシの著述家。マルク・シャガールの最初の妻。1917年の『白襟のベラ』をはじめ、多くのシャガールの作品のモデルになっている。 ベラは1895年、現在のベラルーシの都市であるヴィーツェプスクの裕福なユダヤ人家庭で生まれた。父シュミエル・ノアと母オルタ・ローズフェルドの8人の子ども末っ子だった。両親は宝石商だった。

作品解説 · 03日 2月 2017
「7本指の自画像」は、1912年から13年にかけてマルク・シャガールによって制作された油彩作品。シャガールがロシアから前衛芸術の中心地パリへ移った直後に描かれた作品。パリという近代的な世界に身を置いている伝統的なユダヤ文化で育ったシャガールの複雑な心性を表現している。 シャガールの後ろにある窓からは、近代や都会を象徴するパリのエッフェル塔が見える。そのきらびやかなエッフェル塔に背くように、暗いこわばった表情のシャガールがキャンバスに描いているのは、ドリーミーでファンタジックな動物や自然の風景である。これは、彼が幼少の頃に育ったロシアの故郷ヴィーツェプスクの風景である。また、頭上の雲の中にも同じくヴィーツェプスクが描かれている。

作品解説 · 03日 2月 2017
「誕生日」は、1915年にマルク・シャガールによって制作された油彩作品。80.5×99.5cm。ニューヨーク近代美術館が所蔵している。 描かれている男性はシャガール本人、女性は1908年にサンクトペテルブルグで会ったシャガールの最愛の妻ベラ・ローゼンフェルドである。この作品はベラと結婚する数週間前に制作されている。

作品解説 · 03日 2月 2017
「私と村」は、1911年にマルク・シャガールによって制作された油彩作品。シャガールがパリに移った後に描かれた作品であり、現在はニューヨーク近代美術館が所蔵している。 本作品はおとぎ話に出てくるような夢のような農村の空間が、都会芸術の代表であるキュビスムの技法を使って、一続きで重なるように描かれているのが特徴である。 「私と村」というタイトルは、シャガールが生まれ育った村ヴィーツェプスクの記憶、ユダヤ教ハシド派コミュニティの記憶から付けられており、シャガールの幼少の頃のさまざまなイメージが統合されている。