カテゴリ:ルネサンス



画家 · 06日 7月 2020
ミケランジェロ・ディ・ロドヴィコ・ブオナロティ・シモーニ(1475年3月6日-1564年2月18日)は、盛期ルネサンス時代のフィレンツェ共和国で生まれ、後の西洋美術の発展に比類のない影響力を発揮したイタリアで最も有名な彫刻家、画家、建築家、詩人。 一般的に「ミケランジェロ」という名称で知られている。彼の芸術的多彩さと技術的高さは、当時ライバルだったレオナルド・ダ・ヴィンチにともに比較され、典型的な「ルネサンス・マン」の称号の与えられるほど評価が高かった。 代表作は30歳前に制作した「ピエタ」と「ダビデ」の2つの彫刻作品。また、ダ・ヴィンチと異なり絵画にはあまり関心を示さなかったが、ローマのシスティナ礼拝堂の天井に描いた《システィーナ礼拝堂天井画》と祭壇の壁に描いた《最後の審判》は、西洋美術史上最も影響力のあるフレスコ画として評価されている。

作品解説 · 29日 5月 2020
レオナルド・ダ・ヴィンチの代表的な作品についての解説です。《モナ・リザ》や《最後の晩餐》などについて。

作品解説 · 18日 4月 2020
《聖アンナと聖母子》は1502年から16年にかけてレオナルド・ダ・ヴィンチによって制作された油彩作品。10年以上かけて制作されたもので、丁寧なスフマート技法が使われている。聖アンナの右足やマリアの顔は未完成になっている。 幼子と聖母マリアと、2人を慈愛の眼差しで見つめるマリアの母、聖アンナの3人が描かれている。マリアは聖アンナの膝に座っており、三角形の構図になっている。三世代が一直線に並ぶことで、3人の身体が調和を取れた三角形を形づくっている。 この絵には下敷きになったと思われるカルトン(着彩画と同寸で厚紙に描かれる下絵)が存在する。カルトンとの違いは、重心がより上に集まっていること、キリストに祝福を与えられる洗礼者ヨハネが帰依、代わりに子羊が描かれている。アンナの天を指し示す手も消えている。 フランソワ1世の庇護のもとレオナルドがアトリエにしていたフランスのクルー城でこの絵を見た、と同地を訪れた枢機卿ルイージ・ダラゴーナの秘書、アントニオ・デ・ベアティスは書いている。

作品解説 · 17日 4月 2020
《糸車の聖母》は1499年もしくはそれ以降にレオナルド・ダ・ヴィンチによって制作された作品。複数あり少なくとも1点、おそらく2点描いている。 レオナルドは1501年、フィレンツェで、フランス国王ルイ12世の秘書フロリモンド・ロベテからの依頼で制作したと記録されている。この点については学者の間で意見がわかれており、1507年にフランスの宮廷に届けられた可能性がある。 イギリスのリチャード・スコットが所有する「The Buccleuch Madonna」版とアメリカの個人が所有する「The Lansdowne Madonna」の2枚が存在するが、どちらもレオナルドの作品だと認識されている。 両方とも下絵には、構図(ペンティメント)に加えられた同じような実験的な変化があり、レオナルドの工房で両方とも同時に制作されたと考えられている。 紡績糸を集めるのに使われる糸巻機を見つめているキリストの子供と座っている聖母マリアが描かれている。 糸巻き機は、マリアの家庭性を象徴するものとして、またキリストが十字架につけられた十字架の伏線の役割を果たしている。この絵のダイナミッ

作品解説 · 16日 4月 2020
《リッタの聖母》は1490年にレオナルド・ダ・ヴィンチによって制作されたテンペラ画。サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されている。 《カーネーションの聖母》のように、2つのアーチ型の開口部がある暗い屋内に人物が描かれており、部屋の向こうには上空からの山の風景が描かれている。キリストが左手に抱えているのは、将来における受難を象徴するゴシキヒワである。 作者については学者の間でも意見が分かれており、ジョヴァンニ・アントニオ・ボルトラッフィオやマルコ・ドッジョーノなどレオナルドの弟子の作品とする説もあるが、エルミタージュ美術館ではレオナルドの作品とみなしている。 絵のタイトルはミラノの貴族だったリッタ家から由来している。

作品解説 · 16日 4月 2020
《荒野の聖ヒエロニムス》は1480年にレオナルド・ダ・ヴィンチによって制作された未完成作品。現在、ヴァチカン美術館が所蔵している。木製パネルの上にモノクロームで下書きした状態になっている。レオナルドの死後、詳細な日付はわからないがパネルは5分割されていた。現在は元の形に復元されている。 シリア砂漠に隠遁して聖人としての生活を送っていた聖ヒエロニムスの壮年期の姿を描いたものである。

作品解説 · 15日 4月 2020
《東方三博士の礼拝》は1481年にレオナルド・ダ・ヴィンチによって制作された油彩作品。フィレンツェのスコペートにあるサン・ドナーとのアウグスティニア修道士から依頼を受けたものだが、翌年にミラノに旅立つことになったため未完成の状態で終わった。1670年からフィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されている。

作品解説 · 15日 4月 2020
《カーネションの聖母》は1478年から1480年ころにかけてレオナルド・ダ・ヴィンチによって制作された油彩作品。ドイツ、ミュンヘンにあるアルテ・ピナコテーク美術館が所蔵している。 中心となるモチーフは、若い聖母マリアが赤ん坊のイエスを膝にのせて座っている姿である。マリアやイエスの顔には光が当たっているが、花やほかのすべての物体は対照的に暗い色で塗られ影のようになっている。 子どもは見上げており、母親は見下ろしているが、アイコンタクトはしていない。設定は人物の両側背景に2つの窓がある部屋である。 もともとこの絵はアンドレア・デル・ヴェロッキオにが制作したと考えられていたが、その後の美術史家たちは、レオナルドの作品であることに同意している。 聖母の髪、左手、カーテン、花はレオナルドの受胎告知の要素に似ている。

作品解説 · 15日 4月 2020
《キリストの洗礼》はレオナルド・ダ・ヴィンチによる油彩作品。ウフィツィ美術館が所蔵している。 イタリアのルネッサンス期に画家アンドレア・デル・ヴェロッキオのアトリエで1472年から1475年頃に制作した絵画で、一般的にはヴェロッキオとの共同作品とみなされている。美術史家の中には、ヴェロッキオの工房のほかにメンバーの手も加えられていると指摘するものもいる。 この作品は、マタイ、マルコ、ルカの福音書に記録されているように、洗礼者ヨハネによるイエスの洗礼を描いている。新約聖書に書かれているヨルダン川で隠遁生活を送っていた聖人ヨハネの元へイエスキリストが来訪し洗礼を受ける場面である。

作品解説 · 07日 2月 2020
《ブロアの聖母》は、1478年にレオナルド・ダ・ヴィンチによって制作された作品。1914年以来、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館が所蔵している。《聖母と花を持つ子ども》と呼ばれることもばる。 ブロアの聖母はアンドレア・デル・ヴェロッキオのもとで徒弟修業を積んでいたレオナルドが、画家として独り立ちして最初に描いた作品の可能性がある。大英博物館には本作のための予備習作が2点収蔵されているが、この習作はおそらく塗りつぶしていた。 予備スケッチと絵画自体は、当時レオナルドが視覚の概念に追求していたことを示唆している。子どもは母親の手によって視線を花に導かれている。 《ブロアの聖母》は、当時レオナルドの最も人気のある作品の1つだったことが判明している。ラファエルを含む多くの若手画家が模写している。 何世紀もの間、《ブロアの聖母》は消失したと考えられていたが 1909年に建築家レオン・ブノアがサンクトペテルブルクで義父のコレクションの一部として展示して騒動になった。 1790年代に著名な鑑識家アレクセイ・コルサコフがイタリアからロシアに持ち込んだと見なしてい

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