大家族 / The Large Family
マグリット晩年の名作
曇り空と荒波、そして広げた翼を持つ大きな鳥。その不思議な調和が印象的なルネ・マグリットの《大家族》は、一見して謎めいた魅力を放つ作品です。タイトルにある「家族」の意味を探るうちに、マグリット独自の哲学や感性が浮かび上がってきます。彼が愛した鳥や空、試練を象徴する風景に隠されたメッセージとは何なのでしょうか。
概要
作者 | ルネ・マグリット |
制作年 | 1963年 |
メディウム | 油彩、キャンバス |
サイズ | 61.4 cm × 49.6cm |
コレクション | 宇都宮美術館 |
ルネ・マグリットの『大家族』(1963年)は、彼の晩年を彩る象徴的な油彩作品です。現在、この作品は日本の宇都宮美術館に所蔵されており、1996年の開館準備中に約600万ドルで購入されました。
この作品の中央には、曇天の風景とは対照的に、明るい夏空を背景にした白い鳥が描かれています。この鳥はデコパージュの技法で表現され、晴れやかな希望や満足感を感じさせます。
一説によれば、この鳥はマグリットが愛したブリュッセル近郊に生息するカササギであるとされ、美術関係者の間で広く受け入れられています。
また、この鳥は家族愛や連帯感を象徴しているとも言われています。このテーマは『幸福のきざし』など、マグリットの他の作品にも見られる特徴であり、鳥のモチーフを通じてポジティブな感情を描き出しています。
さらに、『大家族』はマグリット自身の葛藤や人生の影響を反映した作品として、多くの批評家の関心を集めています。頻繁に研究の対象となり、彼の個人的な内面がこの作品に色濃く表現されていると考えられています。
マグリットの独創的なビジョンは、ピエール・アレシンスキーやステファン・マンデルバウムといった芸術家たちから、ポール・マッカーシーやジョナス・メカスといった現代アーティストに至るまで、多くのクリエイターに影響を与え続けています。『大家族』はその象徴とも言える一枚です。
鑑賞ポイント
- 希望や満足感を感じさせる
- 晩年のマグリット自身の内面が色濃く反映されている
- デコパージュ技法が使われる
選択的類似性
『大家族』で描かれる鳥は、空そのものを大きく切り抜いたような形で表現されています。これについて、マグリットは「空と鳥には「選択的親和性」がある」と語っています。この「選択的親和性」とは、かたちが「似ている」という単純な関係ではなく、互いに強く連想を呼び起こす関係性を指します。
マグリットは、空を見れば鳥を、鳥を見れば空を思い浮かべるという連想を抱いていました。そのため、この作品では快晴の青空ではなく、雲の浮かぶ空を背景に選んでいます。
こうすることで、一目で「空」であることが伝わり、観る者の想像を広げる意図が感じられます。この連想の中に込められた詩的な感覚こそが、マグリット作品の魅力のひとつと言えるでしょう。
大家族というタイトル
『大家族』というタイトルは、一見すると作品の内容と結びつかないように感じられます。絵の中に「家族」や「人間」を思わせる直接的な要素は見当たらず、その適合性に疑問を抱く人もいるでしょう。
しかし、マグリットは『イメージの裏切り』で示したように、「言葉」とその指し示す内容のズレを利用して、鑑賞者を困惑させることを得意としていました。そのため、彼の作品においてタイトルは単なる説明以上の役割を果たし、むしろ哲学的な問いを投げかける装置といえるのです。
作品の舞台となる曇天の空や嵐を予感させる波際の風景は、不穏さや危機感を呼び起こします。同時に、地平線にわずかに輝くピンクの光が「終焉」を暗示するのか、それとも「希望」を象徴するのか、解釈は鑑賞者に委ねられています。このように考えると、「家族」というタイトルは、家族がしばしば直面する試練や苦難を暗喩しているとも捉えられるでしょう。
さらに、空を切り抜いたような大きな鳥の翼は、包容力や守護を象徴するようにも見えます。その姿が、曇り空や荒波と対照的でありながらも調和を感じさせる点も、マグリットらしい巧妙な構成といえるでしょう。
デコパージュとは
デコパージュとは、平面や立体の表面に紙や布を貼り付け、その上に何層も透明なコーティング材を塗ることで、まるで元々そこに描かれていたかのような仕上がりを作り出す装飾技法です。この技法は工芸や美術作品、さらには日用品のデザインに幅広く用いられています。