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【作品解説】バンクシー「ルイーズ・ミッシェル号」

ルイーズ・ミッシェル号 / The Louise Miche

ワルの人権活動家を支援するための難民救助船


概要


美術史を上書きする偉大で複雑な作品


「ルイーズ・ミッシェル」はバンクシーの投資アート。19世紀フランスのフェミニストで無政府主義者として知られるルイーズ・ミッシェルにちなんで名付けられた難民救助船に対して資金提供を行ったプロジェクト。

 

船体には救命胴衣をつけ、ハート型の浮き輪を手にしている少女が描かれている(バンクシーが描いたかどうかは不明)。バンクシーの代表的な作品「風船と少女」からの派生作品といえる。

 

また、バンクシーがこれまで主題としてとりあげてきた「難民」「少女(子ども)」「ブラック・ライブズ・マター」「白人システム」「競売」などさまざまなテーマが複雑にからみあった作品である。単純に「難民船に援助」では終わらないだろう。

 

バンクシーは船を購入しただけで、自身は救助活動などに関与しておらず、船上の撮影もバンクシー自身が行っているわけではない。手法としては、マルセル・デュシャンの「レディ・メイド」または「修正レディ・メイド」の文脈上で評価されたり、ビデオアートとしても評価され、そして、ソーシャルネットワークで編集した動画形式で発表するなど現代美術の最先鋒だ。

 

ルイーズ・ミシェル号は、人権活動家で「英雄」船長と同時に犯罪者指定されている船長ピア・クレンプ率いるヨーロッパ各地の活動家たちの難民救助船。地中海を巡回して、北アフリカからヨーロッパに向かう移民の救助を目的としている。

 

2020年8月18日、スペインのブリアナ港から密航し、ドイツで正式に登録され、ドイツ旗のもと地中海やリビア沖でこれまで150人以上の難民を救助してきた。

 

救助期間中、乗員オーバーで操舵不能になり救援要請を出したものの、EU当局が意図的に無視されるトラブルに遭ったが、最終的には乗客のうち衰弱の激しい49人と1名の遺体がイタリアの沿岸警備隊の救助船「ランペドゥーザ」に移され、9月3日にシチリア島のパレルモ港に無事到着した。

 

欧州連合の移民迫害は続いている。人種平等の理念を推進させていると主張しながら、一方で強硬な反移民姿勢を取る政府の偽善を強調した様子を撮影したバンクシーのビデオは、インスタグラムに投稿され、「All Black Lives Matter」の言葉で締めくくられている。 

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. . mvlouisemichel.org

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ワルの人権活動家船長ピア・クレンプ


本作品を語る際に重要なのは、船の所有者であるピア・クランプに関することだろう。一般メディアはこの船に関するニュース記事の多くは「有名芸術家のバンクシーが難民救助船に投資した」というものだ。

 

しかし、この難民救助船「ルイーズ・ミシェル」号はそんな単純な存在ではない。

 

ルイーズ・ミッシェルの投資プロジェクトは、2019年9月にロンドンのクロイドンでポップアップ・ショップを開き、店舗の売上金を「新しい移民救出ボート」を購入する意思を、元シー・シェパード活動家で船長のピア・クレンプに伝えたところまでさかのぼる。

 

「こんにちは、ピア、新聞であなたの話を見た。あなたはワルのように見える」とバンクシーはメッセージを送り、続けて「私はイギリスのアーティストで、移民の危機についていくつかの作品を作っている。新しい船か何かを買うのに使ってくれないかな?連絡ください。バンクシー」と送ったいう。

 

人権活動家のピア・クレンプは以前「イウヴェンタ号」という船を所有していたが、イタリア当局に押収されたため、バンクシーはその船の代替を申し出たいということだった。

 

なお、ピア・クレンプは現在イタリア当局から人身売買の容疑がかけられている。バンクシーが資金提供した活動のキャプテンであるピア・クランプは、イタリアの裁判所で「不法移民を支援した」として追及されているのだ。

 

2018年以来、EU加盟国は、NGOの救助活動の乗組員に対して、船の押収を含む約40の行政手続きと刑事手続きを昨年だけで10回行っている。

 

ケンプは当初、バンクシーの申し出は冗談だと思っていたが、彼の関与が経済的支援に限定されることを理解して、援助の申し出を受け入れたと語った。

ピア・クレンプ
ピア・クレンプ

新型コロナウイルスの影響による経済悪化は失業を引き起こし、現在イタリアの海岸への移民は過去1年間で149%増加している。船経由でやってくる同伴者のいない未成年者の数は158%増加しているという。幼い子どもがたくさん乗船しているのだ。

 

この移民の増加により、多くの難民が上陸するイタリアのランペドゥーサ島にある庇護処理施設が拡張され、住民からの抗議の声があがった。

 

バンクシーのルイーズ・ミシェル号への資金提供も意見が分かれている。批判者は、バンクシーが難民をEUを離脱したイギリスへ連れて行くことを勧めているが、この船はイタリア当局から人身売買の容疑をかけられている海賊女が所有するもので、アフリカとEU間を行き来している

 

バンクシーが行った行動は、こうした船とその乗組員に対する法的圧力を変更するかもしれない。

 

なお、ルイーズ・ミシェル号の乗組員10名は多様な経歴を持つが、全員が反レイシスト、反ファシストの活動家であり、急進的な政治変革を提唱している。フェミニストのプロジェクトであるため、ルイーズ・ミシェルの名のもとに発言できるのは女性クルーのみとなっている。

2018年10月の「風船と少女」との関係


バンクシーの資本主義やアート・ワールドとの関係は複雑である。もともと、彼は反資本主義、アナーキズムを標榜して活動している。

 

この船を紹介した最新の動画では、2018年10月にサザビーズで落札されたフレームの底に隠された断裁機によって断裁された「風船を持った少女(愛はゴミ箱の中に)」のオークションの映像が一瞬映り、それがオープニングともいえる。

「アートワールドで成功を収めた人たちの多くが買い物をするように、私も船を購入して地中海をクルーズしました」とバンクシーはメッセージを添えている。その船はフランス海軍の船を救命艇に改造したものである。

 

なお、オークションで売買された「風船を持つ少女」を売却した人物はバンクシーの関係者であると推測されていることから、オークションで得た売却金(86万ポンド)がこのボートの購入に貢献した可能性もあるかもしれない。

 

なお、一部の人からは、5年前の「アラン・クラウディの溺死」の写真報道とも関係があるかもしれないと指摘している。地中海で溺死したシリア移民の3歳の少年アラン・クラウディの写真は、世界中に拡散され国際的な反応を促した。クルディの家族はカナダに亡命しようとしていたため、2015年のカナダ連邦選挙で問題にもなった。

アラン・クラウディの溺死
アラン・クラウディの溺死

難民や黒人を主題としてシリーズの1つ


映像では海で溺れる黒人が救助するシーンが映されている。難民や避難民の窮状を浮き彫りにしてきたバンクシーの芸術活動は、今回がはじめてではなく以前から行われている。

 

2003年に初めてベツレヘムを訪れてからバンクシーは、「パレスチナを世界最大の開放的な刑務所に変える」と言い、ヨルダン川西岸壁をステンシル作品で埋めるため何度も足を運んだ。

 

2015年には、シリア危機から逃れフランスのカレー近くに集まっていた移民たちの「カレー・ジャングル」に、スティーブ・ジョブズをモチーフにした「シリア移民の息子」の作品を残している。

 

2017年には、壁の隣に「Walled Off Hotel」をオープンし、廃墟となったベツレヘムの一角に、必要とされる生活と観光需要をもたらした。

 

今回のバンクシーの動画は、海で溺れる黒人の難民が救助されたあと「All Black Lives Matter」の言葉で締めくくられている。 

ルイーズ・ミシェル号で救助された人々
ルイーズ・ミシェル号で救助された人々