ブログカテゴリ:フォーヴィスム



画家 · 19日 6月 2017
ジョルジュ・アンリ・ルオー(1871年5月27日-1958年2月13日)はフランスの画家、製図者、版画家。 美術史では一般的にアンリ・マティス、アンドレ・ドランなどのフォービスムや表現主義の作家として知られている。...

画家 · 30日 4月 2017
アンリ・マティス(1869年12月31日-1954年11月3日)はフランスの画家、素描家、彫刻家。大胆な色使いや素描が特徴のフォーヴィスム(野獣派)の創始者である。 現在、マティスはパプロ・ピカソ、マルセル・デュシャンとなんで20世紀初頭の視覚芸術に革新的な発展を促した3大アーティストの1人として、美術的な評価を与えられている。 線の単純化と色彩の純化によって、作者の個性や感情が伝わる表現を探求。フォーヴィスムやフランスの表現主義とも呼ばれており、近代美術(前衛美術)を切り開いた。 初期こそフォーヴィスムを切り開いた前衛芸術家だったが、1920年代以降は古典絵画に回帰する。第二次世界大戦時のヴィシー政権下のフランスでも絵画活動を行い、並行して教会の内装デザインやグラフィックデザインでも活躍するようになった。晩年は色紙を切り貼りした切り絵(カットアウト)で壁画レベルの巨大な作品を制作して、評価を高めた。

作品解説 · 30日 4月 2017
「かたつむり」は、1952年から1953年にかけてアンリ・マティスによって制作されたカットアウト作品。ガッシュ絵具で着色した紙を切って白い紙の上に貼り付けている。287 × 288 cm。テート・モダンが所蔵している。 「巻き貝」というタイトルが示すように、着色されたさまざまな色付きの図形が螺旋状に配置されている。マティスは最初にカタツムリを描いていたが、その後、色付きの紙を使って抽象的に表現することにした。

作品解説 · 29日 4月 2017
「金魚」は、1912年にアンリ・マティスによって制作された油彩作品。146 x 97 cm。モスクワのプーシキン美術館が所蔵している。 金魚は17世紀ごろに東アジアからヨーロッパに輸入された。1912年ごろから、金魚はマティス作品に定期的にあらわれるモチーフとなった。少なくとも9作品以上は金魚をモチーフにした作品を制作している。本作「金魚」は、ほかの作品と異なり、金魚そのものを主題とした作品である。

作品解説 · 29日 4月 2017
「生きる喜び」は、1905年から1906年にかけてアンリ・マティスによって、制作された油彩作品です。 パブロ・ピカソの「アヴィニョンの娘」とならんで、初期前衛芸術の柱となるマスターピースとみなされています。 1906年のサロン・デ・アンデパンダンで初めて展示され、その黄色でキャンバス全体を占有した大胆な色の使いや空間のゆがみは、当初は鑑賞者から非難を浴びました。しかし、マティスによれば1905年のサロン・ドートンヌでの批判に対する反応だといいます。 ピカソは、この絵を見てショックを受けるやいなや、この作品を目標にして「アヴィニョンの娘」の制作を開始したといいます。

作品解説 · 29日 4月 2017
「ダンス」は、アンリ・マティスによって制作された油彩作品。1909年版「ダンス(Ⅰ)」と1910年版「ダンス(Ⅱ)」の2つの作品が一般的によく知られています。1909年版「ダンス(Ⅰ)」 はニューヨーク近代美術館、1910年版「ダンス(Ⅱ)」はロシアのエルミタージュ美術館が所蔵しています。 ほかに「ダンス」を基盤にしたいくつかよく似た作品があり、代表的なのは「生きる喜び」です。 画面上でダンスを行う人物たちの構図は、ウィリアム・ブレイク1786年の水彩絵画「Oberon, Titania and Puck with fairies dancing" 」を基盤にしています。

画家 · 05日 2月 2017
アンドレ・ドラン(1880年6月10日-1954年9月8日)はフランスの画家、彫刻家。 アンリ・マティスやモーリス・ド・ブラマンクとともにフォーヴィスムを創設したメンバーの一人。ロンドンの風景画をこれまでと異なる、大胆で鮮やかな色彩と構図で描いたことで知られる。 フォーヴィズム運動が終了すると、キュビスムやアフリカ彫刻に影響を受け平面的で色彩を抑えた画風に変化。その後、古典回帰の傾向を強め、戦後の新古典主義のリーダーとして活躍し、国内外から高い評価を得た。 ほかに、セルゲイ・ディアギレフのバレエ団で舞台衣装などを手がけて成功した。

画家 · 05日 2月 2017
モーリス・ド・ブラマンク(1876年4月4日-1958年10月11日)はフランスの画家。 アンドレ・ドランやアンリ・マティスらとともにフォーヴィスム運動を率いた重要な画家の一人。後期印象派、特にゴッホの影響が色濃く見られる画風が特徴。1905年に開催され、フォーヴィスム運動のきっかけにもなった展示サロン・ドートンヌにも作品を展示している。 なお、1900年にアンドレ・ドランに会うまでは完全に独学の画家だった。ほかに文章を書くのが得意で、多くの自伝を書き残している。

作品解説 · 01日 2月 2017
「黒椅子の上のヌード」は1932年3月9日にパブロ・ピカソによって制作された油彩作品。モデルはマリー・テレーズ。162cm×130cmの大型作品。 美術批評家のリチャード・ラケイヨは、アンリ・マティスの影響が色濃くある作品の代表作品としてよく引用しており、またピカソによれば、マティスの官能的な曲線と、喜びを表現するためのピンクの肌を強調するためにマティスの黒を借りたと話している。 MoMAキュレーターのウィリアム・ルービンは、「ぐにゃぐにゃゴムのような玩具」とこの絵を評している。またほかの批評家たちの多くは、女性の身体と植物が呼応しており、「生」を表現していると評している。

作品解説 · 11日 1月 2017
「夢」は1932年にパブロ・ピカソによって制作された油彩作品。130×97cm。当時のピカソは50歳。描かれている女性は22歳の愛人マリー・テレーズ・ウォルター。1932年1月24日の午後のひとときを描いたものである。シュルレアリスムと初期のフォーヴィスムが融合した作風。 コントラストのある色彩と単純化した線を使って歪んだ描写が特徴であるが、批評家たちが繰り返し指摘しているように、ピカソの性器とテレーズの身体と融合した状態を、ダブルイメージで描いている用に思える。 また、顔が半分に割れている顔が上に向いているが、おそらく下が横向きのマリー・テレーズで上側が横向きのピカソで、キスした状態と表している。

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