【美術解説】アナ・バガヤン「フューチャー・リアリズム」

アナ・バガヤン/Ana Bagayan

フューチャー・リアリズム


概要


生年月日 1983年5月31日
国籍  アメリカ
表現媒体 絵画
ムーブメント フューチャーリアリズム
公式サイト http://anabagayan.com/

アナ・バガヤン(1983年生まれ)は、アルメニア共和国生まれ、アメリカ在住の画家。バガヤンは自身のユートピア的な未来ビジョンやシュルレアリスム風の世界観を表現する言葉として”Futurealism”という言葉を使っている。

 

初期のバガヤンは妖精が住むおとぎ話のような世界に不意に冷たい現実的な感覚を介入させるシュルレアリスム風の作品が中心だった。それは鑑賞者を魅了させると同時にどこか突き放すようなネガティブな感覚を与えていた。

 

現在は結婚してロサンゼルスのビッグベアで夫と2匹の犬とともに森の生活を過ごしたあと、ロード・トリップの生活をしながら、夫の影響で宇宙人、スピリチュアル、幽霊、未知の生物へと関心を移し、それらを反映したポジティブな作品を発表している。なお彼女の夫は宇宙人に誘拐されたことがあるといわれる。

 

2017年5月に東京の中野ブロードウェイ・Hidari Zingaroで個展を開催予定。

略歴


初期作品


アナ・バガヤンは。1983年5月31日にアルメニア共和国生まれた。6歳のときに家族はアメリカの南カリフォルニアへ移住する。バガヤンはパセデナのデザイン美術学校に入学して、イラストレーションを学び、2005年に卒業。

 

卒業してからは、イラストレーターの代理店会社と契約し『マイティ・ファイン』『リコー』「GQマガジン』などの媒体で仕事をしながら、ビリー・シャイン・ギャラリー、バーニッシュ・ファインアート、サブテクスト・ギャラリー、La Luz de Jesusといったロウブロウアート系のギャラリーで、2年1回のペースで展示活動を行った。この頃のバガヤンの絵は、ナイーブな表情の少女や動物が中心で、ポップシュルレアリスム・ムーブメントに適応したものだった。

夫と宇宙人との出会い


バガヤンは、2011年に宇宙人の人類誘拐事件に関心を持っていた夫と運命的出会う。当時、バガヤンは、宇宙人の誘拐事件にはまったく関心を持っていなかったものの、ドキュメンタリー動画を見たあとに宇宙人との交配現象に魅了され、自分自身でも宇宙人に関する研究を始める。

 

同時に、一般的に陰謀論ニューエイジの戯言として無視されるようなさまざまな出来事にも関心をもちはじめ、また量子物理学や科学に関することも独学で勉強を始めた。誰かが真実を告げてもそれを彼女は信じることはできなかったため、量子物理学を学べば、どのように、なぜこのような現象が解読できるか役立つためというのが科学へ関心を持ち始めた理由だという。。

ポジティブな宇宙人像へ画風が変化


こうした環境の中、バガヤンの画風は初期作品にくらべ劇的に変わり始める。これまでは悲しげな子どもや死んだ動物たちなど、ネガティブなイメージを中心に描いてきたが、一転してポジティブな宇宙人の認識を描きたくなったという。

 

一般的に宇宙人といえば、非常に不気味でおっかない描かれ方をするケースが多いが、バガヤンの描き方は異なる。いつの日かほかの惑星や次元の生命体とコミュニケーションする機会が訪れることを想定し、時が来たときに私たち人間社会が彼らをポジティブな印象で迎えられれば素晴らしいと考え、彼女は自身がこれまで描いてきたキャラクターの中に部分的に宇宙人的な特徴を取り入れて、親しみやすい宇宙人を描き始めることにした。

 

作業は何ら難しくない。報告されている宇宙人は大きな目が特徴だが、バガヤンはもともと大きな目の子どもたちを描いていたためだ。スムーズに進んだ。

宇宙人絵画が原因でファンやエージェントが離れ始める


しかし、宇宙人をテーマにして絵を描きはじめてからこれまでのファンが離れていった。契約していたギャラリーやイラストレーションの事務所の両方とも、「宇宙人絵画は市場がない」と否定的だった。

 

しかし、バガヤンはこれを逆にポジティブに受け取り、これまでのイラストレーション業界やロウブロウのギャラリーから別れを告げる決心をし、さらに宇宙人に関する新しいアイデアを探求することにした。

 

そうして、夫とバガヤンはロウブロウ・アートの拠点であるロサンゼルスを離れ、ビッグベアの山間の町へ移り、そこで約1年ほど、ハネムーンを過ごす。その後、サンベルナルディノの森に囲まれた美しい山小屋へ移り、数年間そこで多くの芸術を制作。SNSやウェブサイトを通じて作品を発表し、またウェブ販売するようになった。作品の大半は売れたという。

 

そう、捨てる神あれば拾う神ありなのだ。

森の生活とサバイバル能力


3年間森に住んでいると、自然と基本的な野性的サバイバル能力が身についてきたという。このようなライフスタイルの変化は、真の意味での豊かな生活をバガヤン夫妻に教えてた。

 

森に住んでいるとき、食糧を購入するお金はなかったが、2人は森に自生している栄養豊かな食物を採る方法を身に付けた。また、2人がのちにほかの州を車で旅行したときに、森の生活の経験が役立ち、たとえば、オレゴンやワシントン州のような野生の果実が豊富な州では、食糧を購入する必要はなく、自生の食物を採って生活をしていた。

 

そうはいっても家賃の支払いなどお金は必要となる。そこで、2人は森の中に散らばっているゴミクズを拾い集め、リサイクルショップに売れそうなものを分別してお金に交換したという。また、夫は物々交換で入手した1988年製のジープを自分で修理して使えるようにした。

森の生活から旅の生活へ


ビッグ・ベアの厳しい冬のあと、2人が借りていた山小屋はオーナーによって売られることになった。2人はほかの場所に移ることを考えたが、結局、荷物と二匹の犬を車に積み込み、2006年4月から、森を離れてこれまで夢見ていたロード・トリップの生活に出ることに決めた。

 

4月1日から、2人はさまざまな町、森、モーテル、キャンプ場、ウォルマートの駐車場、休息地で生活しながら芸術制作を始めた。移動生活をしながら、芸術制作は周囲の環境に大きく依存することがわかってきた。アリゾナ郊外にいるときは、バガヤンは漫画を制作した。

村上隆からの個展オファー


ロード・トリップに出て数週間が立ったころ、思いがけない事が起こった。村上隆からInstagram経由でメッセージが届いており、それは日本で個展をしないかどうかというオファーだった。

 

当時、村上隆は『Juxtapoz x Superflat』展でシアトルに滞在しており、偶然にも2人はカナダ国境から北ワシントンに入るところだった。この出来事は、バガヤンの人生で最もシュールな出来事の1つで、すぐさまシアトルに向かい、村上と個展の打ち合わせをすることになった。

 

今、バガヤンは2017年5月に東京のHidari Zingaroで開催予定の個展に向けて、全力で作品を制作している。