カテゴリ:画家



【美術解説】ジョゼッペ・アンチンボルド「果物や花で構成された不気味な肖像画」
画家 · 25日 2月 2021
ジョゼッペ・アンチンボルド(1526または1527〜1593年7月11日)はイタリアの画家。果物、野菜、花、魚、本などのオブジェで構成された不気味な頭部作品で知られている。 これらのアンチンボルド作品は、彼の別作品とはまったく作風が異なるものである。アンチンボルドは、ウィーンとプラハの3人の神聖ローマ皇帝のために肖像画を描いていた宮廷画家であり、また宗教的な主題や帝国動物園のエキゾチックな動物絵画を制作していた。 果実、動物、風景、さまざまな無生物などのオブジェでグロテスクで象徴的な人間肖像画は、おそらく宮廷を楽しませるための遊びで制作していたもだろうが、美術批評家のなかに、ルネサンス期の新プラトン主義やその時代の他の学問の潮流と関連して制作していたいたと主張するものもいる。

【美術解説】七戸優「イラストレーションの様式で幻想絵画を描く」
画家 · 23日 2月 2021
七戸優(1959年〜)は日本の画家。青森県生まれ。1981年武蔵野美術大学造形学部建築科卒業。3年間の会社員生活後、フリーイラストレーターになる。 稲垣足穂やフランツ・カフカなどの影響を受け少年や少女、兎をモチーフにして、古典的な絵画技術でシュルレアリスティックな具象絵画を描く。現代幻想美術の代表的な画家の1人。また、青木画廊第3世代の1人として知られている。 2005年に詩画集的絵本『オイシャサンゴッコ』を出版。また、イラストレーターとしても活躍しており、綾辻行人らの小説の表紙や黒色すみれのジャケットを手がけている。 七戸の作品は、30×30cmほどの小さな木のパネルにアクリル絵の具で描かれることが多く絵画の世界ではこのサイズは異端である。これは、七戸がイラストレーションの世界で活躍していることを示している。そして、これらの木のパネルは、それ自体が巨匠の手で額装されている。

【美術解説】金子國義「日本のインテリア・アートの先駆け」
画家 · 18日 2月 2021
金子國義(1936年7月23日 - 2015年3月16日)は日本の画家、イラストレーター、写真家、舞台デザイナー。 デザイン会社退社後、独学で絵を描き始める。その独特の画風が澁澤龍彦の目に留まり、『O嬢の物語』の挿絵を手がけることになる。澁澤の金子評は「プリミティブだ。いや、バルテュスだ」。翌年、澁澤の紹介により青木画廊にて「花咲く乙女たち」を開き、正式に画家としての活動を始める。 イタリア旅行の際にジョルジオ・ソアビとの出会いがきっかけで絵本「不思議の国のアリス」を刊行。以後、アリスは金子のイラストレーション作品の代表的なモチーフとなり、また金子自体もアリスに思い入れが大きく、死ぬまでアリスシリーズを描き続ける。

【美術解説】フィンセント・ファン・ゴッホ「後期印象派の代表で近代美術の父」
画家 · 25日 12月 2020
フィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853年3月30日-1890年7月29日)はオランダの画家。後期印象派運動の中心人物。西洋美術史において最も有名で影響力のある芸術家の1人。近代美術の創設者とみなされており、20世紀初頭に出現した前衛芸術家たちに大きな影響を与えた。 わずか10年の創作期間のうちに約2100点以上の作品を制作。そのなかの約860点は油彩作品であり、フランスに滞在し、37歳で自殺するまでの約2年間で短期集中制作されたものである。風景画、静物画、ポートレイト、セルフポートレイトなどを大胆な色使いと表現主義的な激しいブラシストロークで描く。 上層中産階級の家庭で生まれたゴッホの子ども時代は、真面目で、大人しく、ナイーブだったという。若い頃のゴッホは画商で、よくヨーロッパ中を旅してまわっていたが、ロンドンに移り、失恋後、うつ病を患い画商の仕事をたたむ。

画家 · 02日 12月 2020
エドヴァルド・ムンク(1863年12月12日-1944年1月23日)はノルウェーの画家、版画家。代表作品は1893年に制作した「叫び」。ノルウェー国内だけでなく、フランスやドイツで活躍する。 ムンクは自身の慢性的な精神疾患、遺伝的欠陥、性的自由、宗教的理想など、人間性や死に対してして多大な関心を持っていた芸術家で、こうした主題を強烈な色彩や半抽象的なフォルムで女性のヌードやセルフポートレイト形式で表現した。 また、内面を表現するのに最も説得力のあるポーズを探求しはじめた結果、頭を両手で抱えたり、どこか演劇のステージ上に立つ役者たちのようにオーバーアクションで描かれる点がほかの作家と大きく異る。「叫び」における頬を両手に当てたポーズは、のちに映画「ホーム・アローン」などで使われており、ポップカルチャーへの影響も大きい。

画家 · 10日 7月 2020
ピーター・ブリューゲル・エルダー、通称「ブリューゲル」(1525-1530〜1569年9月9日)は、オランダ・フラマン・ルネサンス絵画の最も重要な画家、版画家。 中世ヨーロッパの風景画や農民の情景(風俗画)を描いたことで知られており、大規模な絵画において両方のタイプの主題に焦点を当てた先駆者である。 ブリューゲルは宗教的な主題が絵画の主題として当たり前でなくなった時代に最初に育った世代の一人として、また、革新的な主題の選択で注目を集め、オランダの黄金時代の絵画、そしてその後の絵画全般に影響を与えた。

画家 · 06日 7月 2020
ミケランジェロ・ディ・ロドヴィコ・ブオナロティ・シモーニ(1475年3月6日-1564年2月18日)は、盛期ルネサンス時代のフィレンツェ共和国で生まれ、後の西洋美術の発展に比類のない影響力を発揮したイタリアで最も有名な彫刻家、画家、建築家、詩人。 一般的に「ミケランジェロ」という名称で知られている。彼の芸術的多彩さと技術的高さは、当時ライバルだったレオナルド・ダ・ヴィンチにともに比較され、典型的な「ルネサンス・マン」の称号の与えられるほど評価が高かった。 代表作は30歳前に制作した「ピエタ」と「ダビデ」の2つの彫刻作品。また、ダ・ヴィンチと異なり絵画にはあまり関心を示さなかったが、ローマのシスティナ礼拝堂の天井に描いた《システィーナ礼拝堂天井画》と祭壇の壁に描いた《最後の審判》は、西洋美術史上最も影響力のあるフレスコ画として評価されている。

画家 · 06日 6月 2020
サルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク(1904年5月11日-1989年1月23日)は、一般的に“サルバドール・ダリ”という名前で知られているスペイン・カタルーニャ州の画家。シュルレアリスト。 ルネサンスの巨匠たちに影響を受けて身につけた熟練した絵画技術でもって、数々のシュルレアリスム作品を制作。 あるイメージをあるイメージに重ね合わせて表現するダブルイメージ手法「偏執狂的批判的方法」の発明者として、シュルレアリスムでは評価されている。代表作品は1931年8月に完成させた『記憶の固執』。ここでは、時計とカマンベールチーズを重ね合わせて表現している。 絵画以外の活動も多彩で、メディア露出をほかのシュルレアリストより重視していたのが最大の特徴。著述、映画、彫刻、写真などさまざまな大衆メディアに頻繁に登場。アメリカでは大衆文化のスターとなり『Time』誌の表紙にもなった。特に注目を集めたのはダリの奇行癖。作品以上にむしろ奇行のほうが知られていたといっても過言ではない。

作品解説 · 05日 6月 2020
「夢」は1932年にパブロ・ピカソによって制作された油彩作品。130×97cm。当時のピカソは50歳。描かれている女性は22歳の愛人マリー・テレーズ・ウォルター。1932年1月24日の午後のひとときを描いたものである。シュルレアリスムと初期のフォーヴィスムが融合した作風。 コントラストのある色彩と単純化した線を使って歪んだ描写が特徴であるが、批評家たちが繰り返し指摘しているように、ピカソの性器とテレーズの身体と融合した状態を、ダブルイメージで描いている用に思える。 また、顔が半分に割れている顔が上に向いているが、おそらく下が横向きのマリー・テレーズで上側が横向きのピカソで、キスした状態と表している。

画家 · 21日 5月 2020
ジョルジュ・ブラック(1882年5月13日-1963年8月31日)はフランスの画家、彫刻家、版画家。 1906年にフォーヴィスムに参加し前衛芸術運動に参加。その後、パブロ・ピカソとともにキュビスムの発展に貢献。 ポール・セザンヌの多視点のアイデアを基盤にしながらキュビスムを発展。ピカソが移動に要する時間の差から生じる複数の視点に関心があったのに対し、ブラックは静止したオブジェを複数の視点から見つめることに関心があった。

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