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【美術解説】ザネル・ムホリ「LGBTIを主題とする黒人Xジェンダー写真家」

ザネル・ムホリ / Zanele Muholi

LGBTIを主題とする黒人Xジェンダー写真家


Zodwa I (Amsterdam), 2015
Zodwa I (Amsterdam), 2015

概要


生年月日 1972年7月19日生まれ
国籍 南アフリカ共和国
表現媒体 芸術写真

ザネル・ムホリ(1972年7月19日生まれ)は南アフリカのアーティスト。また、写真、ビデオ、インスタレーションを使った視覚活動家。

 

ムホリの作品は、人種、ジェンダー、セクシュアリティに焦点を当て、黒人レズビアン、ゲイ、トランスジェンダー、インターセックスの人々を対象とした作品を発表している。

 

アーティストではなく活動家と自称するムホリは、南アフリカのコミュニティ全体のLGBTIのドキュメンタリーを記録している。より具体的には黒人レズビアンの闘争を記録したものと評価されている。

 

なお、ムホリはXジェンダーであり、自身の代名詞に「they」や「the」を使っており、それについて「人間としてのアイデンティティー」と説明している。

 

ムホリは、2012年にドイツで開催された世界的に有名な近現代美術展「ドクメンタ」で、レズビアンやトランスジェンダーの参加者のポートレートシリーズ『Faces and Phases』を発表し、美術界から世界的に注目されるようになった。

 

ムホリは2015年にドイツ・ベルセ写真賞の最終候補者リストに選ばれた。2016年には国際写真センターからインフィニティ賞、2016年にはシュヴァリエ・ド・オルドレ・デ・アーツ・エ・デ・レトル賞、2018年にはロイヤルフォトグラフィックソサエティの名誉フェローシップを受賞している。

 

略歴


若齢期


ザネル・ムホリはクワズールー・ナタール州ダーバンのウムラージで生まれ育った。父親はアッシュウェル・タンジ・バンダ・ムホリ、母親はベスター・ムホリ。8人の子供の末っ子だった。

 

ムホリの父親は生後すぐに亡くなり、母親は南アフリカのアパルトヘイト時代に白人家族のために働くために子供を残して働かざるを得なかった家事労働者だった。ムホリは家族ぐるみで育てられた。

 

ムホリは2003年にヨハネスブルグのニュータウンにあるマーケット・フォト・ワークショップで上級写真コースを修了し、2004年にはヨハネスブルグ・アートギャラリーで初の個展を開催した。

 

南アフリカは2006年に同性結婚を合法化したが、クィアの女性に対する差別と暴力は依然として蔓延していた。そこで、ムホリは、2006年に『Faces and Phases』プロジェクト(2006年~11年)を始め、南アフリカのレズビアン・コミュニティの200点以上のポートレートを撮影する。

 

「肖像画は、視覚的な声明であると同時にアーカイブでもある」と彼らは言い、「目に見えないことの多いコミュニティをマーキングし、マッピングし、後世に残す」と述べている。

 

この『Faces and Phases』がのちに、2012年にドイツで開催された世界的に有名な近現代美術展「ドクメンタ」で発表され、アートワールドから注目を集めるようになった。

 

2009年、トロントのライアソン大学でドキュメンタリー・メディアの美術修士号を取得。卒論では、アパルトヘイト後の南アフリカにおけるブラック・レズビアンのアイデンティティと政治の視覚的歴史をマッピングしたものだった。

Zanele Muholi – Faces and Phases, 2007–2013
Zanele Muholi – Faces and Phases, 2007–2013

芸術家ではなく視覚活動家


ムホリは自身に対してアーティストではなく視覚的活動家と表現しており、ムホリは黒人レズビアン、ゲイ、トランスジェンダー、インターセックスの人々の知名度を高めることに専念している。

 

ムホリは、「矯正レイプ」「暴行」「HIV/AIDS」の実態を世間の注目を集めるために、LGBTQIコミュニティに対するヘイトクライムの逸話を調査し、文書化し告発した。祖国南アフリカでは同性愛者に対する憎悪犯罪が多発していることにも言及しており、特にレイプすることで同性愛が治療される「矯正レイプ」の被害者をとらえている。

 

2013年10月28日には、ドイツのブレーメン芸術大学の名誉教授に任命された。

 

2014年にはケープタウンで開催されたDesign Indaba Conferenceに出席した。

 

2012年4月、ケープタウンのムホリのアパートに泥棒が押し入り、長年の写真記録を収めた20台以上のハードディスクが盗まれたが、これはムホリの作品が直面する問題をめぐる論争と感性の継続を示唆しているという。

黒人レズビアン闘争を可視化した写真作品


ムホリの写真は、W.E.B.デュボアがアフリカ系アメリカ人の典型的な表現を覆した方法と比較されることが多い。ムホリとデュボアはともに写真のアーカイブを作成し、彼らが選んだ被写体に対する支配的で以前から認知を打ち砕くことに取り組んできた。

 

ムホリは、写真作品を共同作業と捉え、撮影する個人を被写体というよりも「参加者」と呼んでいる。ムホリは、撮影した人たちの力を高めることを目的として、イベントや展示会で「参加者」を招待して、話をしてもらっている。

 

ムホリは芸術的なアプローチを通じて、アフリカのクィアコミュニティの旅路を後世の記録として記録していきたいと考えている。

 

ムホリは、LGBTQIコミュニティを個人として、そして全体として描くことで団結を促し、ネガティブにならず、また蔓延している暴力に目を向けずに、その瞬間を捉えようとしている。このように、ムホリの作品は、南アフリカのコミュニティ全体のLGBTIのドキュメンタリーを記録している。より具体的には黒人レズビアンの闘争を記録したものと評価されている

 

1994年以前は、黒人レズビアンの声は、正式なクィア運動から排除されていた。LGBTIのアフリカ人をよりポジティブに可視化するムホリの努力は、今日の南アフリカで蔓延している同性愛嫌悪を動機とした暴力、特に黒人レズビアンのための闘争と繋がっている。

 

セクシャライズされたポップカルチャーの中に黒人女性の身体が頻繁に登場する一方で、黒人レズビアンは(家父長制と異性規範のレンズを通して)望ましくないものとして見られている。アフリカでは、このような同性愛者に対する否定的な見方が、殺人やレイプなどの暴力や家族からの断絶につながっている。

 

ムホリの『ズキスワ』(2010)では、アフリカのレズビアン女性が鑑賞者とアイコンタクトをとり、自信と自己認識と決意を持った揺るぎないまなざしを見せている。この例は、南アフリカだけでなく、クィアコミュニティの意識、受容、そしてポジティブ性を奨励している。

Zanele Muholi Bester VIII, Philadelphia 2018 © Stevenson Gallery
Zanele Muholi Bester VIII, Philadelphia 2018 © Stevenson Gallery
Zanele Muholi Bester I, Mayotte 2015 © Stevenson Gallery
Zanele Muholi Bester I, Mayotte 2015 © Stevenson Gallery

重要ポイント

  • 南アフリカにおける黒人レズビアン闘争やLGBTIを視覚的に記録している
  • アーティストではなく視覚活動家と自称
  • 2012年の「ドクメンタ」から注目を集めはじめた

■参考文献

https://www.tate.org.uk/art/artists/zanele-muholi-18872/yes-but-why-zanele-muholi、2020年11月12日アクセス

https://en.wikipedia.org/wiki/Zanele_Muholi、2020年11月12日アクセス

https://publicdelivery.org/zanele-muholi-faces-phases/、2020年11月12日アクセス

https://www.artsy.net/artist/zanele-muholi、2020年11月12日アクセス