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【作品解説】マルセル・デュシャン「グリーンボックス」

グリーンボックス / The Green Box

デュシャンの思考の宝箱


マルセル・デュシャン『グリーンボックス』,1934年
マルセル・デュシャン『グリーンボックス』,1934年

デュシャンが『グリーンボックス』で伝えたかったのは、芸術は完成品だけでなく、創造のプロセスそのものに価値があるということです。また、バラバラのメモを一つの箱に集めることで、全体像をつかむ喜びや、鑑賞者自身の視点で新たな解釈を加える可能性を生み出しました。

概要


作者 マルセル・デュシャン
制作年 1934年(1911-20年)
メディウム 印刷

サイズ

33 x 28.3 x 2.5 cm

コレクション

メトロポリタン美術館

1934年9月、マルセル・デュシャンは、メモ集『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さらに(グリーンボックス)』を出版しました。一見すると綴じられていない書籍ですが、その中には芸術的なアイデアと創作の秘密が詰まっています。

 

デュシャンの作品『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』(通称『大ガラス』)の制作に関わるスケッチやメモ、写真など、94点もの資料が無造作に収められたメモ集なのです。

 

緑色のスウェードで覆われた書籍型の箱には、1911年から1920年にかけて書きためたデュシャンのメモが、綴じられることなくバラバラのまま収められています。綴じられず無秩序な形には意味がありました。

 

デュシャンは、『大ガラス』をただの視覚的な美術作品にとどめず、それを生み出すまでの「思考のプロセス」も芸術の一部だと考えていました。そのため『大ガラス』の制作期間(パリとニューヨーク滞在中)におけるデュシャンの創造的思考のプロセスがメモから分かるようになっています。

 

 『グリーンボックス』に収められたメモは、それぞれが同じ表現概念の異なるパーツのようにして関係しています。それらバラバラのメモを集めて全体に共通するコンセプトが浮かびあがるように見せることがこの作品のポイントです。

 

鑑賞者はデュシャンが作ったメモを自由に選び、好きな順番で並べることで、自分なりの物語を作り上げることができます。例えば、あるメモには「序文」という見出しが付けられており、花嫁と独身男性を結びつける機械装置の動作を説明する前提条件が記されています。この装置には「まず滝、次に照明ガス」といった独特のアイデアが含まれています。

 

こうしたメモには、デュシャンが作品を制作する過程で抱いた豊かな比喩的連想が数多く記されています。その断片的な内容が読む人の解釈を促し、多様で驚くべき視点を生み出すのです。単なる資料の集積ではなく、読者自身が物語を紡ぐインタラクティブな芸術の先駆ともいえるでしょう。

 

1934年9月に『グリーンボックス』は最初に出版されました。特装版10部と通常版35部が制作され、その売上で印刷費用はほぼ回収できたとされています。

 

この作品に深く魅了された一人がシュルレアリスムの指導者アンドレ・ブルトンでした。彼は1934年12月に発行された雑誌「ミノトール」で、『グリーンボックス』をもとに『大ガラス』を解読し、現代美術の最高峰と位置づけました。

 


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■参考文献

・マルセル・デュシャン自伝

・マルセル・デュシャン展 高輪美術館 西武美術館

メトロポリタン美術館