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【作品解説】ヤロミル・イレシュ「ヴァレリエの不思議な一週間」

ヴァレリエの不思議な一週間 / Valerie and Her Week of Wonders

チェコ・ガーリー・シュルレアリスム・ムービー


概要


監督 ヤロミル・イレシュ
原作 『ヴァレリエの不思議な一週間』ヴィーチェスラフネズヴァル
制作国 チェコスロヴァキア
公開日 1970年10月16日
ムーブメント チェコ・ヌーヴェルバーグ
出演 ヤロスラバ・シャレロバ(ヴァレリエ)

『ヴァレリエの不思議な一週間』(邦題:闇のバイブル 聖少女の詩)は、1970年にヤロミル・イレシュによって制作されたチェコスロヴァキアのシュルレアリスム映画。チェコ語タイトルはValerie a týden divů。

 

原作はチェコのシュルレアリスム作家ヴィチエズスラフ・ネズヴァルの小説『ヴァレリエの不思議な一週間』で、1935年に書かれ、その10年後の1945年に出版されている。この前衛的な実験小説は、ネズヴァルが社会主義リアリズムに劇的に移行する前に書かれたものである。

 

映画内容は、方向感覚を喪失して夢の中で生きているような思春期少女のシュルレアリスティックな感覚を映像化したもので、ヒロインが神父や吸血鬼、男女問わず騙されて夢の中で生活している姿を描く。ファンタジーとホラー映画の要素が融合している。ガーリー・シュルレアリスム・ムービーの傑作の1つとみなされている。

 

なお、原作者のネズヴァルはこの小説で、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818年)やM.G.ルイスの『僧侶』(1796年)、F.W.ムルナウの映画『ノスフェラトゥ』(1922年)などのゴシックのテーマや設定を探求していた。

 

撮影そのものは1969年、主演少女ヤロスラバ・シャレロバが13歳のときに行われ、1970年にチェコ南端にある町スラヴォニツェ周辺で公開された。

原作の『ヴァレリエと不思議な一週間』表紙。
原作の『ヴァレリエと不思議な一週間』表紙。

評価


アメリカ合衆国の映画評論サイト「ロッテン・トマト」では、14件のレビューで100%の支持率を獲得しており、加重平均評価は7.8/10である。

 

ニューヨーク・タイムズ紙はこの映画を「一貫してユーモラスで反俗的」と呼び、「プラハの春の墓場に咲く最もエキゾチックな花かもしれないが、20世紀のチェコ文化に深く根ざした花である」と評価している。

 

『Slant Magazine』のJordan Cronkは、この映画について「意図的に謎に満ちていて、鈍い鑑賞体験でさえあるかもしれないが、すべてのフレームは、エネルギーと生命の鼓動で活気に満ち続けている」と書き、5つ星のうち3つ半の評価を与えている。

 

ネブラスカ大学映画研究のウィラー W. ディクソン教授は、著書『楽園のヴィジョンズ』の中でこう書いている。「この映画の簡潔さと魅惑的なミザンセーヌは、ヤン・クーリックの撮影技術であり、この映画はほとんど無法者のプロジェクト、あるいは反カトリック的な立場を取り入れることで無神論を強制しようとする社会に対する批判、特に性的道徳と関連しているように思う」。

 

作家でブルネル大学教授のターニャ・クルジミンスカは、著書『101 Horror Films You Must See Before You Die』の中で、この映画を「若い女性の性的な目覚めを中心に織り成された、絶妙に細工されたおとぎ話」と書いている。

 

クルジミンスカはまた、この映画は当時のソフトコアポルノ映画と多くの類似点に関して、「それは高い文化と低い文化の両方から引き出された属性の融合でより大きなキャンバスを追求したものだと」と指摘した。

 

また、この映画にはゴシックホラーやおとぎ話の要素が含まれており、象徴的なイメージが使われていることにも言及している。

関連動画


近代トレーラー

初期トレーラー

あらすじ


「ヴァレリエの不思議な一週間」は、シュルレアリスム作品なので、「アンダルシアの犬」と同じくストーリーを追おうとしても意味がよく分からない。詩的映像として楽しむ鑑賞方法がベストである。

 

映画は初潮が始まったばかりの13歳の少女ヴァレリエ(ヤロスラバ・シャレロバ)の睡眠シーンから始まる。ある夜、睡眠中のヴァレリエのもとに青年(ヴァレリエの兄の名前を語っている)がやってきて、ヴァレリエのイヤリングを盗む。イヤリングが盗まれたことに気づいたヴァレリエは、起きて青年の後を追いかけようと家の外に出ると、突然、白いマスクで顔を覆った男に出会う。ここでシーンは切り替わる。

 

次の日、ヴァレリエがプールで泳ぎながら、水面を見つめていると、突然、青年の手が上から現れて、盗んだイヤリングを返す。その後、ヴァレリエは自分の家に戻り、ベッドに寝転がり、眠りに落ちると、水浴びをしている女性たちのシーンに切り替わる。ヴァレリエは自分の身体を触りながら、木かげから水浴びをしている女性たちを興味深くのぞく。

 

シーンは切り替わる。ヴァレリエの町に宣教師の集団がやってきて、隣人の結婚式が行われる。結婚式のパレードの群衆の中に、白いマスクの男の姿を見つける。その白いマスクの男について祖母に話すと、「それは私の昔の恋人かもしれない」と話す。

 

シーン切り替わる。ヴァレリエが、ピアノのレッスンをしていると、伝書鳩が飛んできてヴァレリエのもとに手紙を届ける。その手紙には町の処女全員を集めた教会の説教会が行われるという事が書いてあり、ヴァレリエも処女集会に参加する。説教会のあとにヴァレリエのイヤリングを盗み、彼女に処女集会の手紙を送ってきた青年が、鎖にかけられているの発見し、彼を助ける。青年はヴァレリエの家の庭や結婚式のときにいた白いマスクの男はモンスターだと話す。

 

この後、白いマスクのモンスターはヴァレリエを誘拐し、教会へ連れていき、そこで祖母が祖母の昔の恋人の司祭に暴力行為を受けてるところを強制的に見せつけられる。祖母はヴァレリエがあとを継ぐ予定になっている家を司祭に販売してしまう。

 

ヴァレリエの家を司祭がのっとった後、ある夜、司祭はヴァレリエのベッドルームに入ってきて、彼女にセックスを試みようとする。抵抗すると、ヴァレリエは魔女裁判にかけられてしまい、火あぶりにされる・・・(終わり)

プロダクション


オリジナルの脚本はエスター・クルンバチョーヴァ(Ester Krumbachová)が担当しており、彼はこの映画のプロダクションデザインも担当している。

 

1968年4月下旬に脚本が承認され、イレシュの1969年の長編映画『The Joke』が共産党当局によって禁止されたにもかかわらず、本作の製作が進められた。

 

主人公の少女のオーディションで1500人の少女の応募の中から、ヤロスラヴァ・シャレロヴァが選ばれた。 ルネッサンス時代の町並みがそのまま残っているチェコの町スラヴォニツェが主な撮影地に選ばれた。地元の人々がエキストラとして出演している。

 

いくつかのシーンは、近くのコステルニー・ヴィドジー修道院で撮影されている。 小説家ヴィチエズスラフ・ネズヴァルの息子であるRobert Nezvalは、映画の中で太鼓を持った少年役で登場している。

影響


多くの作家がこの映画とイギリスの作家アンジェラ・カーターの作品との類似性を挙げていが、彼女はイギリスでの公開時にこの映画を見ているという。

 

カーターの短編小説を映画化した『The Company of Wolves』(1984年)の彼女の脚本は、監督のニール・ジョーダンとの共同作業で、直接的または間接的な影響を受けている。


■参考文献

https://en.wikipedia.org/wiki/Valerie_and_Her_Week_of_Wonders_(film)、2020年4月27日アクセス