水蛇Ⅱ / Water Snakes II
水の妖精をレズビアンとして表現
グスタフ・クリムトが手がけた『水蛇Ⅱ』は、美と欲望、そして神秘が織りなす象徴主義の頂点とも言える作品です。水中に舞う4人の水の精が織り成す官能的で幻想的な世界は、見る者を深く惹きつけます。第二次世界大戦を経て波乱の歴史を辿ったこの絵画は、今なおその魅力を失わず、クリムトの芸術的挑戦の証として輝いています。
概要
作者 | グスタフ・クリムト |
制作年 | 1904-1907年 |
メディウム | 油彩、キャンバス |
サイズ | 80 x 145 cm |
コレクション | プライベート・コレクション |
『水蛇Ⅱ』は、オーストリアの画家グスタフ・クリムトが1904年から1907年にかけて制作した油彩画です。サイズは80 x 145 cmで、『水蛇Ⅰ』の続編とされています。
もともとはウィーンの実業家の娘、ジェニー・シュタイナーによる注文絵画で、彼女が所有していました。しかし、第二次世界大戦中にナチスに盗まれます。その後、2013年にロシアの実業家ドミトリー・リボロフレフがスイスの画商イブ・ブヴィエから1億8380万ドルで購入しました。現在は個人蔵とされています。
クリムトの代表作の一つとされる『水蛇Ⅱ』は、象徴主義の特徴を色濃く持っています。クリムトは水の妖精を通じて、人間には未知で神秘的な宇宙を表現しました。この作品では、女性の身体の美しさや官能性、さらに同性愛的なテーマを描いており、当時の検閲にひるむことなく、その魅力を最大限に表現しています。
また、『水蛇Ⅱ』は装飾性において他に類を見ない独自性を持ち、平面的な装飾美の極致とも言えます。特に、この作品は『水蛇Ⅰ』と比べて格段に大きく(『水蛇Ⅰ』のサイズは50 × 20 cm)、そのスケール感と圧倒的な存在感が観る者を引きつけます。
鑑賞ポイント
- 女性の恍惚性や官能性を描いている
- 波打つように横たわる独特な女性画
- 当時タブーだった同性愛を神話で表現している
主題
『水蛇Ⅱ』には4人の水の妖精が描かれており、彼女たちは水中で淫らな至福の時を楽しんでいます。前景には全裸の2人の水の妖精が描かれ、官能的な姿を見せています。一方、右上には残りの2人が頭だけを覗かせる形で配置され、幻想的な構図を作り出しています。
クリムトは、女性が浮かべる恍惚として表現にこだわりました。また、顔を寄せ合う2人はほとんど一体化して大きく見せています。1904年、クリムトのスタイルは大きく変化しました。ずっと女性モデルを描いていましたが、この頃から女性の「恍惚した表情」や「官能性」を描くことに焦点を置き始めました。うっとりした状態、すなわち官能的な恍惚感の本質を捉えて、そこに装飾性や幾何学的秩序を与えました。
この作品は、神話上の登場人物を描くという、芸術の歴史において一般的なテーマを取りつつも、レズビアンの乱交を暗示していると解釈されることがあります。
当時の社会では同性間の恋愛が公然とは認められていなかったため、クリムトは女性たちを神話的な存在に偽装しつつ、その関係性を描写しました。主人公の陰毛が見える大胆な描写や、鑑賞者を挑発するような官能的な視線が、その意図を物語っています。
この視線は、エドゥアール・マネの 『オランピア』における鑑賞者に対する挑戦的なまなざしを彷彿とさせます。また、こうしたレズビアン的なテーマの表現は、後のクリムトの作品『女友達』(1917年)にも繋がり、彼の表現がさらに開放的になっていく過程を示すものと考えられています。
横たわる女性の身体
水平に横たわる女性というモチーフが初めて登場したのは、1901年に制作された『ベートーヴェン・フリーズ』です。「幸福への憧れ」を表現するために浮遊したような状態で女性を表現しました。
画面全体を横方向に寝そべる姿は、何か水平な連続した物体の一部であるようにも見えてきます。身体を覆っているシーツの輪郭は海の波の形を思わせます。
こうしたことから「水蛇」というタイトルが浮かんだのかもしれません。
所有権
この作品は代表作といっても魅力的な作品ですが、長年世間の目に触れなかったため、知られざる作品のままでした。1907年に完成したこの作品は、当初はオーストリアの個人収集家の間で取引されていました。
クリムト自身はユダヤ人ではありませんでしたが、20世紀初頭の彼のパトロンの多くはウィーンのユダヤ人コミュニティ出身者でした。
もともとはウィーンの実業家の娘、ジェニー・シュタイナーによる注文絵画で、彼女が所有していました。しかし、1938年にナチスがオーストリアを併合した後、クリムトの作品の多くはナチス政権によってユダヤ人所有者から盗まれました。本作品も没収され、彼女はポルトガルに亡命しました。
その後、この絵画はナチスの映画監督グスタフ・ウチツキーの手に渡りました。ウチツキーはクリムトの私生児の一人であると噂されています。ウチッキーは1961年に亡くなるまでこの絵を所蔵し、妻のウルスラに遺贈しました。この絵が最後に公開されたのは1964年オーストリアで、その後行方不明と思われていましたが、2012年に再び発見されました。
2012年、ウチッキー家はサザビーズおよび正当な所有者であるシュタイナーの子孫と協力し、この絵画を美術ブローカーのイヴ・ブーヴィエに1億300万ユーロで売却し、利益を50/50で分け合いました。
ブーヴィエはその後、2013年にロシアの新興財閥ドミトリー・リボロフレフに、元の所有者がまだ売りに出していると主張して売却し、7000万ユーロ近い利益を得ました。それ以来、リボロフレフはブーヴィエの詐欺行為をめぐって訴訟を起こしています。
リボロフレフは2015年にこの作品を非公開の買い手に再度売却しました。
■参考文献
・http://www.klimt.com/en/gallery/early-works/details-klimt-wasserschlangen2-1904.dhtml、
・https://artsandculture.google.com/story/klimt-s-drawings-for-and-in-connection-with-water-serpents-ii/fAKixyNa8NBFLg、2025年1月5日アクセス
・https://www.euronews.com/culture/2023/02/04/a-lost-klimt-masterpiece-returns-to-austria-after-60-years、2025年1月5日アクセス
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