カテゴリ:ゴッホ



作品解説 · 04日 6月 2020
「ジャガイモを食べる人々」は1885年にフィンセント・ファン・ゴッホが制作した油彩作品。82cm × 114cm。アムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館が所蔵している。 1885年の3月から4月上旬にかけて、ゴッホは「ジャガイモを食べる人々」の習作スケッチをしており、それをパリにいる弟テオに送っているが、テオはこの作品に関してあまり関心を持たなかったとされ、また画面全体が暗すぎると批判も浴びた。 テオの反応をよそに、当時のゴッホとしては自身が本当に表現したかった農民の姿を描いたベスト作だったと述べている。また、かなり難易度の高い構図を描き上げて、自身が優れた画家への道を歩んでいることを証明したかったという。

作品解説 · 04日 6月 2020
「カラスのいる麦畑」は、1890年にフィンセント・ファン・ゴッホによって制作された油彩作品。50.2cm × 103cm。ファン・ゴッホ美術館が所蔵している。一般的にはゴッホの死の最後の一週間のうちに描かれたゴッホの最後の作品と見なされている。 本作は接合した2枚の正方形のキャンバス上に、小麦畑の上をただようカラスと曇り空が、ドラマティックに描かれている。激しい風に吹かれて乱れた状態の小麦畑がキャンバスの3分の2を占めている。

作品解説 · 04日 6月 2020
「ローヌ川の星月夜」は、1888年にフィンセント・ファン・ゴッホによって制作された油彩作品。72.5cm × 92cm。パリのオルセー美術館が所蔵している。本作は1889年にパリのアンデパンダン展で「アイリス」とともに初めて展示された。 ゴッホがアルル滞在時に、夜のローヌ川の堤防の一角の風景を描いたものである。1888年2月にアルルに移ってからゴッホは夜景に関心を持つようになった。テオにも夜景を描こうと手紙で説明している。本作が制作されたのは1888年9月になってからである。

作品解説 · 04日 6月 2020
「高級売春婦」は、1887年にフィンセント・ファン・ゴッホが制作した油彩作。100.7cmx60.7cm。アムステルダムのファン・ゴッホ美術館がしている所蔵。タイトルは後に「英泉」に変更されている。 ゴッホはアントワープに住んでいた1885年に日本の浮世絵に多大な影響を受ける。その後、1886年にパリに移り住むとゴッホは、プロヴァンス通りにあるサミュエル・ビングの店で多くの日本版画を買い集めるようになる。ゴッホが収集した浮世絵の数は数百点にのぼり、葛飾北斎や安藤広重の作品などを集めていたという。

作品解説 · 04日 6月 2020
「ひまわり」はフィンセント・ファン・ゴッホの静物絵画シリーズ。ひまわりシリーズは2つある。 初期シリーズは1886年から1887年頃にパリで弟のテオと住んでいるときに制作されたもので、土の上にひまわりの花が寂しげな雰囲気で置かれた作品群である。後期シリーズはアルル滞在時の1888年制作されたもので、花瓶に活けられたひまわりの花束を描いた作品群である。種子頭の質感を出すように両方のシリーズとも絵の具を厚く塗布して描かれている。 ゴッホにとってひまわりとはユートピアの象徴であったとされている。しかし、ほかの静物画作品に比べるとゴッホの主観や感情を作品に投影させることに関心がなかったと見られている。ひまわりシリーズの制作は、ゴッホの友人だったゴーギャンと関わりの深い作品で、特に後期は自身の絵画技術や制作方法を披露することを目的に制作されていたという。

作品解説 · 04日 6月 2020
「夜のカフェ」は1888年9月にフィンセント・ファン・ゴッホによって制作された油彩作品。72.4cm × 92.1cm。エール美術大学画廊が所蔵している。 アルルのラマルティーヌ広場30番地にあったゴッホが寝泊まりをしていたカフェ「カフェ・デ・ラ・ガール」の店内を描いた作品である。このカフェを経営していたのはジョゼフ・ミシェルとその妻マリー・ジヌーで、ゴッホは「黄色い家」を借りるまでこのカフェで寝泊まりしていた。 「夜のカフェテラス」と同時期に描かれたものだが、異なるカフェであることに注意。

作品解説 · 04日 6月 2020
「開かれた聖書の静物画」は、1885年にフィンセント・ファン・ゴッホによって制作された油彩作品。65.7cm x 78.5cm。アムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館が所蔵している。 描かれている重厚な聖書はファン・ゴッホの父親が所有していたものである。ゴッホの父親はプロテスタントの牧師だった。ゴッホは本作品を父の死の直後に描いている。聖書の横に描かれている書物はエミール・ゾラの「生きる歓び」で、この本は当時、モダン・ライフの"聖書"といわれていた。この2つの本はゴッホと彼の父の異なる世界観を象徴している。

作品解説 · 04日 6月 2020
「アイリス」は、1889年にフィンセント・ファン・ゴッホによって制作された油彩作品。フランスのサン・ミレ修道院のサン・ポール・ドゥ・モウソーレ病院に入院しているときに描いた作品の1つ。 1889年5月に入院したあとゴッホは、すぐにアイリスのシリーズを描きはじめた。この作品は病院の庭に自然に咲いていたアイリスを描いたものである。この絵画では後期作品で特徴的だった表現主義的な傾向はほとんど見られない。 ゴッホは絵を描きつづけることで、どんどん頭がおかしくなってくると感じ初めてたので、この絵画を「病気の避雷針」と呼んだ。

作品解説 · 04日 6月 2020
《医者ガシェの肖像》は1890年にフィンセント・ファン・ゴッホによって制作された油彩作品。ゴッホ死ぬ前の数ヶ月間、世話をしていたポール・ガシェ医師を描いたものである。 1890年6月にオーヴェル=シュル=オワーズで制作した2つのバージョンが存在し、両方ともガシェは右手をテーブルにひじをかけて頭を支えているが、色味や表現方法についてはかなり異なる。 1990年5月15日に最初のバージョンはニューヨークのクリスティーズ・オークションで8250万ドルで落札された。

作品解説 · 04日 6月 2020
「夜のカフェテラス」は、1888年にフィンセント・ファン・ゴッホによって制作された油彩作品。81.0cm×65.5cm。クレラー・ミュラー美術館所蔵。 翌年1898年にゴッホは耳切断事件を起こして入院することになるが、事件前に滞在していたフランスのアルル時代に制作された作品である。描かれているのはアルルの街の夜の風景。絵にゴッホのサインはないもののゴッホ自ら3通の手紙で作品解説がされている。 1891年に初めて展示されたときのタイトルは「夜のコーヒーハウス」で、この作品は星空を背景に使って制作した最初の作品だった。「ローヌ川の星月夜」で空を満面の星で塗りつぶし、翌年に「星月夜」を制作する。ほかに「ウジェーヌ・ボックの肖像」でも背景に星空を描いている。

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